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月の天女

月天図 (無落款) 34×78 06011

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月天は、「十二天」(八方位と上下の他に、太陽と月をも加えた十二の方向を象徴し神格化した十二人の仏法の守護神)に属する「天部」の一人です。

その「十二天」の図(十二天図:灌頂という密教寺院での儀式に用いられる法具)は通常、十二枚の屏風や掛け軸を一組として描かれる仏画群で、日本では平安時代初期頃からの作例があるそうです。

しかし、ここの月天の胸像の様に写実的で優雅な画は、十二天図としては他に類を見ませんし、これと組になりそうな他の「天部」の画も見る事がありませんので、おそらくは儀式の法具としてではなく、始めから貴族の念持仏などの様に独尊像として描かれたのではないかと思われます。

仏画なので作者は不明(厳密な制作年代も不詳)ですが、こんなに優しそうで神秘的な天女を見れば、古の人々も心惹かれ癒やされていた事でしょう。



【参考で、ウィキペディアでの「月天」の解説を下に引用します】

月天(がつてん、がってん、Skt:Candra、音写:戦達羅、戦捺羅、旃陀羅など)は、仏教における天部の一人で、十二天の一人。元はバラモン教の神であったが、後に仏教に取り入れられた。

正しくは月天子で、月天はその略称。月宮天子、名明天子、宝吉祥との異名もある。やその光明を神格化した神で、勢至菩薩の変化身ともされる。四大王天に属し、月輪を主領して四天下を照らし、また多くの天女を侍(はべ)らし、五欲の楽を尽くし、その寿命は500歳といわれる。

形象は、一定しないが3羽から7羽のガチョウの背に乗り、持物蓮華や半月幢を持つものがあり、として月天后を伴うものがある。両界曼荼羅や十二天の一人として描かれることがほとんどであり、単独で祀られることはほとんどないようである。



なんと、元来の月天は、男神だったと・・・






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by Ru_p | 2018-03-22 12:15 | アート・コレクション | Comments(0)

月にひとり (芦雪)

長沢芦雪筆 月下に烏図 (部分) 17002 紙本 30.5*108
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円い月の手前に老木とカラスのシルエットが、墨の濃淡だけで簡潔に(迷い無く)描かれています。

カラスまでの距離は約40メートル?(標準的なカラスの体長と月の直径角との関係からの逆算にて想定)。この位の距離だと恐らく、月からの逆光のために細部まではよく見えなかった事でしょう。
(月夜って、月面が7パーセント程度の反射率で太陽光を反射するらしく、けっこう明るい)

細かく再現する必要も無い叙情的な景色、観る者の想像力で様々な世界に見える画だと思います。


以前にも触れましたが、カラスは意外にも生涯完全な一夫一婦、なのだそうです。
独り、手の届かない月を観入るこのカラスの後ろ姿から、失ったもう一羽の事を淋しく想い浮かべて沈んでいる、と芦雪には見えたのかも知れません。

動物や子供が大好きだった長沢芦雪は、一男二女の子供たちを四十近くなってから授かっていたのに、立て続けに病で失ってしまいました。(この頃は満五歳まで育たない子供が大半だった様です;徳川将軍家などの系図記録をも参考とした場合)


(あくまでも自遊な想像ですが)
芦雪にとって、このカラスの姿が 彼自身と重なって見えたのかも知れない。
と思えて来ませんか?







芦雪は、他にも月を題材にした画を幾つか残していて、



長沢芦雪筆 朧月夜山水図  18026 絹本 29.8*93.4
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この画は、署名のスタイルから、芦雪の晩年(40を過ぎた頃)の画かと思われますが、やはり淋しげな・・・











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by Ru_p | 2017-04-16 19:38 | アート・コレクション | Comments(0)

御神木だった「首尾の松」

鳥文齋栄之筆 「首尾の松」(絹本肉筆浮世絵/太田蜀山人画賛) 15005 29x83
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紅い楓と、東の空に浮かぶ月、群れで飛ぶ雁とを併せて、静かに暮れるもの寂しい秋の情景を演出している様に見えます。(この月ですと、ほぼ満月で雲が少し掛かった状況かと思われます)

画賛には
夕汐に 月の桂の 棹さして さてよい首尾の 松をみるかな
とありますので、これは「首尾の松」と呼ばれて浅草の新吉原にもほど近い江戸名所の画だった様です。(画賛にある「月の桂」は、中国の古い伝説からの引用で、月の影又は月の光を表した言葉と思われます~「桂」と「松」との対比も狙って・・)

画の作者は、鳥文斎栄之(ちょうぶんさい えいし/本名:細田時富/1756~1829年)という旗本出身の絵師(人気の浮世絵師)の様です。
上の画賛を書き加えたのは、御家人でありながら狂歌師でもあり、非常に多くの書画に画賛を書き加えて残した人として有名な蜀山人(本名:大田 南畝/1749~1823年の別号)の様で、栄之とは交友が深かった様です。
蜀山人が、文化5年(西暦1808年)頃、「首尾の松に月出て舟ある画」にこれとほほ同じ文の画賛を書いたという記録(出典:千紅万紫)が残されていますので、それがこの画の事である可能性が高そうです。
西暦1808年の少し前(※)に描かれたことになれば、葛飾北斎が狂歌絵本「絵本隅田川両岸一覧」の中で描いている「首尾松の鉤船」の図が、ほぼ同じ頃の同じ場所の風景の様です。また、広重の「名所江戸百景」の木版画は、それよりも約50年後の同じ場所の風景という事になりそうです。


ここの主役となる松は「御蔵神木首尾の松」とも呼ばれていたそうですので、画面左下に見える小さな屋根が、その神木を祀った祠の様です。

首尾の松は、安永年間の強風災害のために、倒れてしまい、その後幾度も手当が試みられたそうです。画をよく見ると、確かに傾き過ぎて懸崖で川に跳ね出している様に見えますので、その話とも一致しています。
支柱の内で古くて朽ちたような何本かは短く描かれていますので、霊験が有ると信じられていたこの松は、災害の後も長い間人々に大切に守られ続けていたのだと思われます。

安永9年8月25日(西暦1779年10月4日)、日本各地に疲害をもたらした台風が、この辺も通った様で、神田川も氾濫・浸水したという記録が残っているそうです。
当時の松は、残念ながら江戸末期の安政年間(1854~1859)には枯れてしまっていたそうで、現在見られる松は後継の何代目かになる別物なのだそうです。
ここの場所は、現在の住居表示では台東区蔵前1丁目の隅田川西岸付近に当たり、上部に蔵前橋が掛かっていますが、江戸時代末期の「江戸切絵図」と見比べると、当時幕府の米倉庫「御蔵」があり、そこに隅田川から運搬舟を引き込む為の堀が8本あり、その4~5番目の間の突堤の先に、この松が位置していた様です。
ちなみに、川の対岸右側に見える施設は、その当時は、丹後宮津藩の下屋敷(現在は旧安田庭園:藩主は松平姓を与えられて名乗りましたが、元は本条氏で、地名の『本所』の語源なのだそうです)の辺りですので、その一部かとも思われます(そこの右には、『本所の七不思議』の「椎の木屋敷」とも呼ばれた名所の肥前国平戸藩松浦家下屋敷もあった様です)。


当時ここの少し上流には「御蔵(おくら)の渡し」とも呼ばれた渡し場もあり、舟で新吉原(この川の上流で画面左側方向に約2キロ)へ向かう客達の多くがここを通って目印としていたので、蜀山人の画賛にも有る様に、その夜の好い首尾の結末を見ることをこの御神木に掛けて祈願していたことでしょう。
松の向こうの川面に浮かぶ猪牙舟(ちょきぶね)にはそんな客達が乗っていたのかも知れませんね。

ということは、これって「神仏画」でもあり・・??



祠の屋根の上の千木(ちぎ;神社建築の屋根のにある部材)の先端部分を拡大すると、何となく「内削ぎ」と呼ばれる水平の切断形に描かれている様に見えます。
そうだとすると、ここの祠は「女神」を祀ったものになりそうです。(男神の祠の屋根にある千木は、先端の切断面が垂直の向き)
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果たして、吉原での「好い首尾」を祈願するのに、女性の神様の方がご利益があったということなのでしょうか?



まさか、そんな身勝手な願い事が重荷になって、枯れてしまった・・・?








※栄之は寛政12年(1800年)に、御物に収められた作品の中で、「隅田川図巻」として、この首尾の松をも含めた風景画を描いていたそうで、それが栄之の同類作の中では最も初期の作品と考えられているそうです。(出光コレクション「肉筆浮世絵」解説文より)。その説に依れば、上の画の制作時期は、1801~(1808)年の制作だった様です。
ちなみに、上の画とほぼ同じ構図構成の画は「バーク・コレクション」にもあり、同じく蜀山人の画賛が書かれていますが、微妙に風情が異なるのが面白いです。


ところで、それ等を描くために使った下絵の制作年代(すなわち、この画の情景が実際に見られた時期)は何時だったのでしょうね?。

長い歴史を持つ松なので、同じテーマの画は他の浮世絵作者にも多いのですが、それぞれの制作年代の違いによって、松の表情や背景の様子が微妙に違っていますので。








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by Ru_p | 2015-08-18 22:45 | アート・コレクション | Comments(0)

芦雪の山水画

月下舟止図 長沢芦雪筆   13011  39x21
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おぼろな月が低く霧のかかる山の上にかかり、風も無く静かな水面に船(底が浅い、琵琶湖など用の)が三艘浮かんでいる光景の様に見えます。

月明かりで彩度の低い情景は、墨の濃淡だけで描くのに都合の良いテーマだったのでしょうが、簡潔で叙情的(寂しげ・悲しげ)な描写がとても見事です。


ところで、この月の欠け方は、日没直後の東の方角に見える形の様です。

全く勝手な想像ですが、
中秋(旧暦の8月中旬)の日没直後に琵琶湖西岸の水辺から、東側を見た光景の様です。

この雰囲気って、何か悲しい事でもあったのでしょうか?









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by Ru_p | 2013-10-03 07:14 | アート・コレクション | Comments(0)

月とすすき(蓮月・春月)

10031
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この画には「春月女」の署名と「春月」の印章が落款としてあるのですが、画賛に自作の和歌を書いた「太田垣蓮月」とはどの様な付き合いのあった人物なのか未確認(春月宛の消息文が現存するらしいのですが)です。ただ、秋の月の夜の風情をよく楽しみながら描いたように見えます。
画賛の方は蓮月尼さんが残した和歌で現存が知られる数百首の内でも代表的な作品で、まさにこの画の状景そのままの歌なので、互いに画と賛を意識した合作なのだと思われます。

むさしのの 尾花か末に かゝれるは たかひきすてし 弓はりの月
蓮月 八十才

(武蔵野の 尾花が末に 懸かれるは 誰が引き捨てし 弓張の月)


蓮月さんが80才の時ですので1870年の秋頃に描かれたということになります。
流麗な文字は、かなり長めの筆を鉛直に立てて、上端を持って書いたものらしいのですが、私にはとても真似できません。
かなり評判の美女だったと言われるだけあって文字も美人。また、絶世の美貌故に男に言い寄られることを嫌って、自らの前歯を折ったと言うほどの芯の強さも感じられ、惹かれるのでしょうか・・・


※「太田垣(大田垣)蓮月」は有名な富岡鉄斎の「育ての母」です。
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by Ru_p | 2012-10-04 10:43 | アート・コレクション | Comments(0)

葛の葉狐と童子丸 (二代 豊国)

童子丸は陰陽師だった「安倍晴明」の幼名なのだそうです(伝説)。
歌川国重筆 06054
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怪しげなおぼろ月夜の森の中で母を慕う幼な子ですが、母のコントラストや彩度を低く描く方法で、狐の妖かしが人に化けた姿であることを表現した肉筆浮世絵です(作画時期は不詳;1817-1834年頃)。


下記にウィキペディアの「葛の葉」からの抜粋を転記してみます。(緑色部分)
村上天皇の時代、河内国のひと石川悪右衛門は妻の病気をなおすため、兄の蘆屋道満の占いによって、和泉国和泉郡の信太の森(現在の大阪府和泉市)に行き、野狐の生き肝を得ようとする。摂津国東生郡の安倍野(現在の大阪府大阪市阿倍野区)に住んでいた安倍保名(伝説上の人物とされる)が信太の森を訪れた際、狩人に追われていた白狐を助けてやるが、その際にけがをしてしまう。そこに葛の葉という女性がやってきて、保名を介抱して家まで送りとどける。葛の葉が保名を見舞っているうち、いつしか二人は恋仲となり、結婚して童子丸という子供をもうける(保名の父郡司は悪右衛門と争って討たれたが、保名は悪右衛門を討った)。童子丸が5歳のとき、葛の葉の正体が保名に助けられた白狐であることが知れてしまう。次の一首を残して、葛の葉は信太の森へと帰ってゆく。
恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉保名は書き置きから、恩返しのために葛の葉が人間世界に来たことを知り、童子丸とともに信太の森に行き、姿をあらわした葛の葉から水晶の玉と黄金の箱を受け取り、別れる。数年後、童子丸は晴明と改名し、天文道を修め、母親の遺宝の力で天皇の病気を治し、陰陽頭に任ぜられる。しかし、蘆屋道満に讒奏され、占いの力くらべをすることになり、結局これを負かして、道満に殺された父の保名を生き返らせ、朝廷に訴えたので、道満は首をはねられ、晴明は天文博士となった。

と言うのが伝説の概要です。
この伝説、近世(江戸時代)には人形浄瑠璃・歌舞伎 『蘆屋道満大内鑑』 (通称「葛の葉」)で取り上げられて広まった話だそうです。

〔豊国の襲名争い事件〕
この画は落款の『国重』から、「初代歌川豊国」の養子となり、翌文政8年(1825年)初代の没後「二代目歌川豊国」を襲名したのに、兄弟子「国貞(初代)」の圧力に屈し、また元の「国重」にもどした(一時「豊重」とも称した)人物「歌川国重(初代)」(1777?-1835年)が描いたのではないかと推測されます。
この二代目豊国は忠実に師の画風を受け継いで、堅実な作風の美人画や役者絵、芝居絵を描いたそうです。
また、文政11年(1828年)頃には本郷春木町に住んでいて、後には「二代目歌川豊国」を強引に称した国貞と区別するため「本郷豊国」と呼ばれていたそうです。



この襲名争いの末(国重の歿後;西暦1835年12月20日以降)、改めて「豊国(三代目)」を襲名できた「国貞(初代)」の方は、強引にフライングで「二代目豊国」を名乗ってしまったことから、
歌川を うたがわしくも 名のりいで 二世の豊国 偽の豊国
と恥ずかしいことに当時の川柳に詠まれてしまったそうです。
当時の江戸庶民が判官贔屓だったからかでしょうか。
(その「国貞(初代)」、史上最も多くの浮世絵作品を残した絵師なのですが、傑作と呼べる物はそれほど・・・?)


この襲名争い関連の話をネットで調べてみますと、名前の錯誤・混同による誤認が実に多いことには驚きます。
古いことですし、襲名や改名が頻繁に行なわれた業界だったのに記録があまり残されてないことが原因なのでしょうか(または、意図的に誤った情報が流布されたのか?)。ちなみに、上記の「国貞」「国重」等にもそれぞれに二代目や三代目以降が更に存在したのでですから、客にとっても紛らわしかったことでしょう。
もしも、それぞれの初代が存命であれば、ご当人もこんなドロドロの利権絡みの争いなどは嫌がることでしょうが、初代が立派過ぎると後が辛いのは何時の世も・・・


e0259194_10322522.jpg参考で国重の没後10年近く経った1845~1847年に掛けて歌川広重、国芳、国貞の歌川派一門合作により描かれ、出版された小倉擬百人一首版画の内の広重の『小倉擬百人一首 中納言兼輔 狐葛の葉 安部童子』という版画の画像を載せてみます。

なぜか上の国重の肉筆浮世絵と部分的な画像と構成がそっくり(真似:ほとんど下絵の人物配置を換えただけ)です。一点物の肉筆画が江戸時代最強のマスメディアだった版画出版物に『知的財産権』を乗っ取られ押しつぶされた証しにも見えますが、当時は、それが絵師たちの仕事だったので、誰も問題だとは思わなかったのでしょう。
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by Ru_p | 2012-08-13 21:41 | アート・コレクション | Comments(0)

芦雪の「月」



ただ円く月を描くだけならば私でも・・・・・???
(ところが実際に描こうとするとこれがけっこう難しくて、滲み具合をコントロールする為に、染みて欲しい部分を予め適度に湿らせたりする事に慣れていないので上手く出来ません)

芦雪ならば、定規で描いた様な真円も自在に描けたのでしょうが、このぼんやりおぼろげに歪んだ月と、静かに舞い落ちる花弁のリズム感が好きです。
(本来の主題は、この花弁の方なのでしょう)
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 花散る朧月夜 長沢芦雪 筆 紙本 29×116 07035


どの一部分を拡大しても、精細には見えませんが、
e0259194_13164030.jpg
(花びらの拡大画像)











独り眺めていると、お酒など すすみそう・・・




















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by Ru_p | 2012-06-22 00:36 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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