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微笑みの石仏たち(甲斐の棒道)

山梨県の三分一湧水の水源近くに在る不動明王の石仏(独尊座像)です。
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[ 場所: 山梨県北杜市長坂町小荒間「三分一湧水」内 ]

不動明王像は、経典や儀軌に基づいて、普通は憤怒の形相に作られるのですが、この像は何故か微笑む様に眼を閉じて、とても優しそう。
石造物は、天候や時刻などの光や湿り気の具合で、表情を大きく変えますが、何れにしてもとても魅力的なお顔。(『微笑み不動』とでも呼びたい!)



ここ三分一湧水(さんぶいちゆうすい)は、その昔に三つの村で、湧き水の利権をめぐっての争いが続いたので、三方向平等に水が流れる様に策が講じられ、それ以後争いが納まり平穏が続く様になった、と言う言い伝えがあるそうです。
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「八ヶ岳南麓高原湧水群(日本名水百選)」の一つで、現在その水源地の周りは公園となっていますが、この(微笑み)不動像は公園内の、ちょっと目立ち難い位置にヒッソリと鎮座していました。

不動明王は、この水源の守り神として置かれたのでしょうが、珍しく穏和な顔なので、おそらくは争わずに仲良く水を分かち合う事えの願いが込めてられて彫られたのでしょう。





また、三分一湧水の公園を挟んで、南西と北東の方向には『(上の)棒道』と呼ばれ、武田信玄が軍事用に作ったとされる古道が延びていて、江戸時代その道には、一丁(約109m)毎に一基、計三十数基の観音菩薩の石仏が、観音霊場を模して置かれたのだそうです。
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今でも少し歩くだけで、聖観音・十一面観音・千手観音・如意輪観音・馬頭観音など、多種多彩な観音菩薩像に出会う事が出来ます。
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( ↑ 十一面観音)

観音様の手にした蓮華の先には、アシナガ蜂の巣・・・仏罰は痛そゥ!

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( ↑ 千手観音)

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( ↑ 如意輪観音)

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( ↑ 聖観音)

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( ↑ 馬頭観音)

頭に馬を載せた馬頭観音は、観音像の中では唯一憤怒の形相に作られるのが、日本では一般的な解釈なのですが、ここの像たちは、いずれも穏やかで愛嬌すら感じさせます。
(馬頭観音は、文字だけの物も含め、「富蔵山公園」内で19基見付かりました)

この地域の石仏の多くは、気候の影響で表面に白っぽい苔が着き易く、それが風情ある味わいを醸し出しているので、顔の彫りの穏和さとも併せて、更に魅力的な表情に見えます。

この付近は少し歩くだけで、他にも、庚申塔、道祖神、地蔵菩薩などの石仏(野仏群)も、手軽に見られますが、いずれも彫った職人さんのおおらかで素朴な人柄を偲ばせる、可愛らしい像達で、私の気に入りの場所の一つです。

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( ↑ 地蔵菩薩)

リーゼント風ヘアースタイルに・・・ 『毛生え地蔵』?


(何だか、ソッチのご利益が期待出来そうな~~~!)

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[ 場所: 山梨県北杜市長坂町小荒間「富蔵山公園」内 ]



こんな出会いも・・・
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(四つ葉の出現確率って10万分の?;けっこう見掛けますが)










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by Ru_p | 2018-08-10 19:16 | アート・コレクション | Comments(0)

不動明王と滝 (室生寺)

不動明王立像図  10011    34.1×84.4 紙本肉筆

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長い間『香』の煙で燻され続けて来たらしく、全体に黒っぽく不鮮明になってしまっています。
(香の煙のヤニならば水で丁寧に洗えば、成分が溶け出るので、もう少しは鮮明になると期待出来ますが・・)





取りあえずパソコンで画像調整する事で、下の様に細部まで見える様になりました。



















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(青不動だった様です)
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(とても古い物らしく、損傷が酷いので修復が必要なのですが、資料性を考えると、表具を含めてなるべくそのままの状態が残る様に保存すべきかとも思われます)

この画像を見て先ず気付いたのは、不動から見て右手側後方に滝があり、不動が立つ岩(磐石)の周りにも水が満ちている様子に描かれていることです。
不動明王(※1)は滝や水と縁がありそうな印象があるのですが、こうして一緒の画に描かれている例は必ずしも そう多くはないようです。

日本では古くから、滝の近くに「水神」として不動明王を祀る習慣がありましたので、この事と深い関係が有るのではないかと考えられます。

サンズイに「龍(竜)」の字を書いて「瀧(滝)」と言う字になる事からも、水の豊富な滝に竜の化身を重ねる見方(信仰)が起こり、滝を水源の守り神(水神)として崇める様になって行ったのではないかと考えられます。そして恐らくは、尊いその龍すらも不動明王の宝剣に「倶利伽羅竜」として巻き付いていたり、光背の火炎の中に棲む迦楼羅(鳥人神)が竜を捕食すると言われることで、更に強大な力を持つであろう不動明王(「大日如来の化身」と言われる)が、水神の象徴として、祀られる様になってきたのではないかと考えられます。
(全国的にも滝の名前には、「不動」の字の付くものが際だって多くあります)

日本の農業(米作り)にとって大切な水(水源)は日照りで涸れたりすれば一大事でしたので、「神頼み」は当然行われ続けて来た事でしょう。


この画(軸)の裏面には「不動明王 室生寺什物」との表記が見られます。
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室生寺のある地域は、近くに多雨で有名な大台ケ原もあり、昔から雨の多かった場所です。
そして、室生寺周辺には沢山の滝があります。


室生寺の歴史は非常に古く、その前身は奈良時代から(6世紀頃?;伝承では680年~とも)在り、興福寺の僧が草創に関わった事(※2)で、興福寺にも所属していた時期があったそうですが、江戸初期には真言宗の寺として独立していたそうです。


e0259194_1141307.jpg大昔の都の東方にあった事で、「東方向の守護神が青龍」という中国の四神神話に基づく思想と、雨が多い地域ということが結びついて、古くから「室生山には龍神が住む」と考えられ、龍神信仰が盛行だったそうです。
(室生寺の更に東方約0.5kmには、龍神が棲むと言われる洞穴「吉祥龍穴」のある「龍穴神社」があり、古くから雨乞いが行われた聖地とされています;その昔の神仏混淆時代、室生寺とこの神社とは一体だったのでしょう;室生寺は、7世紀には「龍王寺」という称号が勅で与えられていたそうで、雨乞いの行事でも寺の名を馳せていたのだそうです)

山深い場所にあった為に、幾多の戦乱による焼失や破壊を奇跡的にも免れる事が出来た様で、室生寺が保有する尊像や、貴重な文化財の数は群を抜いています。
ただ、それ等ですら明治初期の廃仏毀釈運動で、多数の文化財を散逸(しばしば、散逸した文化財の一部が再発見され話題になっています)してしまった残り物なのだそうです。


勝手な空想をしますと、この不動の図は、雨乞いの儀式の法具として活躍して来た貴重な尊像だったのかも知れません。(不動明王は、雨乞いの儀式に最も相応しい信仰対象でしょう)

神社と寺とが分けられてしまった事(明治元年の神仏分離令)も流失流転の原因かも知れませんし、恐らく無関心な什物管理者にとっては、こんな薄汚れた軸など ゴミ同然にしか見えなかった事でしょう。





ここで検証を深める為に、一般的な不動明王の性格・特徴に関して、9世紀末に天台宗の僧 『安然』が唱えた「不動十九観の儀軌」という定義と見比べてみます。

①大日如来の化身
②真言中に、ア・ロ・カン・マンの4字がある
常に火生三昧(かしょうざんまい)に住んでいる
肥満した童子の姿で、卑しい
頭頂に七沙髻があり、蓮華をのせている
左肩に一弁髪を垂らす
額に水波(すいは)のようなしわがある
左の目を閉じ右の目を開いている
右上の唇は下の歯で噛み、左は下唇の外に歯が出ている
口は硬く閉じている
右手に三鈷剣を持っている
左手に羂索を持っている
⑬行者の残食を食べる
大磐石の上に安座している
色が醜く青黒
奮迅して憤怒している
光背に迦楼羅炎(かるらえん)がある
倶力迦羅竜が剣にまとわりついている
両脇に2童子が侍している


この「不動十九観の儀軌」と、上の画との関連を姿形のみで見比べてみます。(関連要素を色で分け)

(符合する要素)
③;後背状に火焔が有ります。
⑥;顔の左には束ねられた弁髪が、肩まで垂れています。
⑨;歯(牙)は、左右非対称(上下向き)です。
⑩;口は、閉じた様に見えます(牙近くの唇部分以外)。
⑪;右手には「三鈷剣」を持っています。
⑫;左手に羂索を持っている
⑮;肌の色は、青黒(褐色)く見えます。
⑰;不動背後の火焔に迦楼羅焔(鳥の嘴形)が薄く見えています。

  【迦楼羅形の焰部分;画像強調加工済み】(迦楼羅は以前別の記事でも紹介)
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(符合しない要素)
④;「肥満」でなく、中肉の成人体型にも近い様ですし、衣装も唐草模様のボーダー付きの洒落た着こなしに見えます。
⑤;頭頂に「七莎髻」?・・7枚ではなく8枚の蓮華が見えます。
⑦;額に、水波形シワは見えません。
⑧;両眼が左右非対称ではなく、対称で正面見開きの様です。
⑭;盤石上ですが、坐像ではなく立像です。
⑯;憤怒の相とは言い切れず、自然な表情にも見えます。
⑱;宝剣に、倶利伽羅竜は絡んでいません。
⑲;独尊像で、二童子は従えていません。


これらの特徴は、『安然』以降の不動明王の制作年代を様式から推定する上での手掛かりとなる要素なのですが、この軸に関しては、半分近くは非該当で、残り半分位だけが該当している様ですので、『安然』(9世紀)以前の作風の影響もうかがえます。(描いたのは画僧でしょうが、仏画なので落款も無く、不明です)

古い物にロマンを感じて空想を膨らませる事は、楽しくてすばらしいのですが、厳密な意味での由緒解明を進めるとなると、前途は多難かも知れません。(他にも基底材の時代測定などの手段が無くはないのですが・・・)


眉毛部分にある渦状の模様は、虎(猫科の一部)によく見る疑似目玉(眠っていて目を閉じている間も、敵に目を開いているかの様に思わせる事に役立つと言われる額の模様)にも似ていますので、牙や幅広の唇を含めて、虎顔からの影響(「憤怒」の恐ろしさを強調する為に?) も有るのではないかと考えられます。

比較的初期の不動明王らしく、素朴な表情と、殆ど腰を振らない素直な立ち姿には好感を覚えますが、絵の具や絹が脆くなっているので、掛け軸としては残念ながら観賞を続けられる状態にはありません。




(本紙の脆化などの具合から見ても、千年程度の歴史は十分に感じますので、年代測定もしてみたいものです)








【※1】
参考になりそうなので、ウィキペディアから「不動明王」関連の解説の抜粋を下に張りつけます。(斜体・青文字)

(前略)
不動明王は一面二臂で剣と羂索(けんじゃく、縄)を持つのを基本としている(密教の図像集などには多臂の不動明王像も説かれるが、立体像として造形されることはまれである)。剣は竜(倶利伽羅竜)が巻き付いている場合もあり、この事から「倶利伽羅剣」と呼ばれている。
(中略)
また、その身体は基本的に醜い青黒い色で表現される像容が多い。これはどぶ泥の色ともいわれ、煩悩の泥の中において衆生を済度せんことを表しているといわれる。しかし底哩経などには、身体の色は青黒か赤黄とあり、頂は七髷か八葉蓮華、衣は赤土色、右牙を上に出し左牙を外側に出す、というのが一般的とされる。

像容は肥満した童子形に作ることが多く(『大日経』の出典による)、怒りによって逆巻く髪は活動に支障のないよう弁髪でまとめ上げ、法具は極力付けず軽装で、法衣は片袖を破って結んでいる。その装束は古代インドの奴隷ないし従者の姿を基にしたものとされ、修行者に付き従いこれを守る存在であることを表している。右手に降魔の三鈷剣(魔を退散させると同時に人々の煩悩や因縁を断ち切る)、左手に羂索(けんじゃく。悪を縛り上げ、また煩悩から抜け出せない人々を縛ってでも救い上げるための投げ縄のようなもの)を握りしめ、背に迦楼羅焔(かるらえん。迦楼羅の形をした炎)を背負い、憤怒の相で粗岩(磐石、ばんじゃく。「金剛石」とあるのでダイヤモンドの原石である)の上に座して「一切の人々を救うまではここを動かじ」と決意する姿が一般的である(日本では坐像の他、立像も数多く存在している)。
インドで起こり、中国を経て日本に伝わった不動明王であるが、インドや中国には、その造像の遺例は非常に少ない。日本では、密教の流行に従い、盛んに造像が行われた。日本に現存する不動明王像のうち、平安初期の東寺講堂像、東寺御影堂像などの古い像は、両眼を正面に見開き、前歯で下唇を噛んで、左右の牙を下向きに出した、現実的な表情で製作されていた。しかし時代が降るにつれ、天地眼(右眼を見開き左眼を眇める、あるいは右眼で天、左眼で地を睨む)、牙上下出(右の牙を上方、左の牙を下方に向けて出す)という、左右非対称の姿の像が増えるようになる。これは10世紀、天台僧・安然らが不動明王を観想するために唱えた「不動十九観」に基づくものである。
(後略)



【※2】
「宀一山年分度者奏状」(「宀一山」は、室生寺の山号;称名寺蔵・神奈川県立金沢文庫保管)という室生寺に関する現存最古(鎌倉時代)の文書には、宝亀年間(770-780)に、東宮山部王(後の桓武天皇)が病気になり、その平癒祈願で五人の「浄行僧」に依り、室生山中にて「延寿法」が行なわれ、結果として病気が回復したので、後に、興福寺の大僧都賢璟が勅命により、室生寺を創建したという内容が記されています。
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室生寺の前身は、飛鳥時代の呪術者の役の小角の草創という伝承もありますが、残念ながらそれを確認出来る資料は見付かっていません。












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by Ru_p | 2013-01-18 15:23 | アート・コレクション | Comments(0)

不動さん

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『不動明王』
ウィキペディアによるとその像容は
【右手に降魔の三鈷剣(魔を退散させると同時に人々の煩悩を断ち切る)、左手に羂索(けんじゃく。悪を縛り上げ、また煩悩から抜け出せない人々を救い上げるための投げ縄のようなもの)を握りしめ、背に迦楼羅焔(かるらえん。迦楼羅の形をした炎)を背負い、憤怒の相で粗岩(磐石、ばんじゃく。「金剛石」とあるのでダイヤモンドの原石である)の上に座して「一切の人々を救うまではここを動かじ」と決意する姿・・】
とあります。
庭に置かれたこの古くて小さい石の仏像は、右手の利剣も左手の羂索も火炎光背も一部が欠損していますが、それゆえ更に存在感を主張しているようにも見えます。。










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by Ru_p | 2012-03-20 17:21 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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