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桃腮素が咲き、

中国では蘭が、古来「君子」のアイテムとされて来た事も有り、大変に尊ばれた植物の一つです。

中でも特に、「素心(そしん)」と呼ばれる珍しいアルビノ(突然変異などで、色素が体内にない個体)等の株は、純粋で人の「心」のあり様にも通じると見られて来たためか、大変に珍重されて来ました。(「素心」の「素」は、白又は無地を意味し、「心」は花の中心部を意味すると言われています)

蘭の愛好家は更に、花の中心下部の「舌(ぜつ)」と呼ばれる唇弁の色が、白に見える株を「白胎素(はくたいそ)」、緑色に見える株を「緑胎素(りょくたいそ)」と呼び、拘って分類区別する場合があります。
近年では、厳密に「素心」と呼べる株は、赤・紫・黃などの色素を体内に持たない純粋なアルビノの株だけとする分類が主流となっている様ですが、もう少し曖昧に、舌が黄色く見える株を「黄胎素(おうたいそ)」、白舌の喉元の両脇に当たる部分(腮:し/あご・エラの意味)が淡い杠桃色のボカシのある株を「桃腮素(とうしそ)」、舌全体に霧状などの極小点でボカシに見える株を「刺毛素(しもうそ)」、舌全体に紅色の入る場合を「硃砂素」などとも呼んで、赤や黃を多少含んでいても、「素」を感じるのでか、素心の仲間と見なされる場合も有る様です。

ちょっと不自然な様ですが、この辺りの曖昧さは、東洋的な「寛容」だったのかも知れません。もう少しこじつけて考えると、日本の有名な「閑さや岩にしみ入る蝉の声」と言う俳句で、「無音」では無いのに「静か」と感じられてしまう事とも、対比による効果の重要性という意味では、似た面が有るのかも知れません。


『杭州寒蘭』無名(桃腮素)
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軸(株の幹の部分)も子房(花の付け根から軸までの部分)も青い(緑色の日本的呼び方)ので、一見「素心」の様にも見えますが、舌(花の中の中央下部の唇弁)の奥に、ボンヤリと赤味の部分がありますので、分類の名称に「素」の字があっても、厳密な意味では素心ではないとされています。
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【参考】
「杭州寒蘭(こうしゅうかんらん」は、今から40年位前に、今では故人の黄業乾さんが、緑色部分が澄んで美しく、舌が白く輝き、花弁の周囲が白く覆輪として縁取られた寒蘭を、中国杭州の蘭集荷地にて入手し、日本に持ち込み、近所の某園芸店等で展示紹介し、それを見た人の間にセンセーションが起こり、以来、黄さんが初めて入手した地名に因んでそう呼ばれる様になりました。(他に、「水晶寒蘭」とか「細葉寒蘭」とも呼ばる事もあります)
当時原産国の中国では、寒蘭の愛好者は、それ程多くなかった様で、日本での人気が先行した様です。(その理由としては、寒蘭の花や全体の姿での「空間」の多さが、日本人の好みには合っていたが、中国では、細い花弁による花形の隙間が、あまり好まれていなかった、とする分析が成り立つと思われます)

原産地は浙江省近辺と考えられていましたが、長い間不詳でした。近年は、浙江省の他に雲南省の武夷山近辺でも似た物が自生している事が判って来ています。
花が咲いた状態の杭州寒蘭の特徴には、一般的な寒蘭よりも幾分小柄で、葉巾も狭く、香りが弱いという傾向が有ると思われます。

当時日本向け輸出の為に、数百株単位の山採り根巻き状態に梱包されて、杭州寒蘭として届いた荷では、現地での一般的な寒蘭との分別が不十分だった為に、場合によっては「杭州寒蘭」が全く含まれない荷もあり、そんな希少さ故に、日本の愛好家の間では、長いこと幻の蘭の様に扱われ、高い人気を保っていました。(ワシントン条約の締結発効よりも前の頃)

その頃の花の咲いていない状態の株での見分け方は、一般的な寒蘭(日本産の寒蘭と殆ど変わらなく見える)よりも、根が太い事などと言う曖昧な情報に頼るしかなかったので、咲いてみるまでは、杭州寒蘭なのか、一般的な寒蘭なのか、誰も正確には判断出来ない時代でした。中には、咲いた後でも区別の難しい中間的な特徴の株もあったりしましたので。
また、当時の杭州寒蘭は、一般的な寒蘭と同条件での栽培が難しかった事もあり、何年か育てた後に残念ながら枯死するケースも多く、入手だけでなく、維持も難しい蘭でした。
当初は、選別された青花(あおばな:舌の他の花弁が緑色だけの花)には、水に縁のある湖や川の名前を命名し、更紗(さらさ:花弁に赤や黒などの縞模様の筋が入る)や色花(いろばな:花全体が赤など、緑でなく見える花)には、山やそれに因んだ名前を付ける事が黄さんの流儀でしたが、特に登録すべき団体も無かったので、幸いにして新しく杭州寒蘭である事が確認された場合、その株の所有者は自由勝手に名付け命名して楽しむ事も可能でしたが、そんな暗黙のルールがあったので、今でも残る当時の選別株には、そんな名が付いている事が多い様です。

近年「杭州寒蘭」として輸入される株は、当初の物と比べて栽培し易い物が増えたと感じられますし、花も株全体の雰囲気も、幾分違って来ている様に感じられますので、昔の坪は採り尽くされて、産地は既に別の場所へと変わってしまったかと推測されます。

杭州寒蘭と、色や外観(や香り等)の特徴で近い種類と感じられる「紫秀(ししゅう)蘭」又は「邱北(きゅうぺい)蘭」と呼ばれるシンビジューム(無香の種類)も原産地の近くに自生しているらしいので、おそらくは、その蘭と一般的な寒蘭との自然交雑の結果に産まれたのが「杭州寒蘭」だったのではないかと想像されます。近い将来ゲノム解析で、謎だった素性が明かされる事になるかも知れませんが、それまで昔の株を維持保存出来るのかどうかが心配でもあります。

杭州寒蘭での純粋な「素心」の株も、最近は現産国で多く培養されて来ているので、入手は比較的容易になって来たのですが、私は必ずしも「素心」を好んでは求めてはいません。(出荷元の中国での人気が異常に高く、日本での入手がまだ難しい事と、我が家では素心も有る事は有るのですが、今期は咲きそうにないので、負け惜しみもあるかな?)

杭州寒蘭の一番大きな魅力は、形だけでなく、全ての青い(緑色の)部分に黄色っぽさに依る濁りが感じられない事で、スッキリくっきり爽やかな雰囲気がある事だと思っています。
その意味で、「素心」の株を見直すと、殆どの株で、緑色の濃さ(コントラスト)が弱く、黄色味を含む一般的な(杭州寒蘭でない)寒蘭との違いが、あまり明確には感じられずに、寂しい気がしてしまいます。
つまり、緑色の濃い、スッキリくっきりの美しい株は、多少なりとも赤などの色素を含んでいて、舌や花弁周囲の覆輪部分が相対的に際立って白く見える事だと、私は感じて評価しています。






日本や中国に分布自生しているシンビジューム属で、「春蘭」「寒蘭」「一茎九花(華)」などの「東洋蘭」と呼ばれている仲間は、順調に育てば、毎年の様に新たなバルブ(擬似球根)が、普通は生まれて2年目位のバルブに連結する様に1~2個づつは殖えて連なりますが、個々のバルブの寿命が、せいぜい数年間と長くはないので、全体が大株に増殖発展([新たに生まれるバルブ数]引く[古くて枯れるバルブ数]との差の増加)するには、とても永い時間を要します。
自然界では、その個体の遺伝因子が忠実に継承される繁殖は、種子ではなく直接連結したバルブでの増殖だけに限られると考えられます。(希に、根に近い地下茎が延びて、増殖が行われることがあると聞く事もありますが、私はまだ検証した事がありませんので)

そんな自然界での繁殖では、大株に育ち、古いバルブが朽ちる事に依り、自然に株分けがなされ、自生範囲が徐々に拡がるとも考えられますが、人為的な介入などが無いとすれば、とてつもなく永い時間を要し、その株に極めて近い場所(山採りでは「坪」とも呼ばれる)を越えて拡がる事は難しいと考えられます。
種子による増殖では、風で遠くまで飛ぶ事が可能でしょうが、自家受粉であっても、その個体と100%遺伝子情報が同じ株の出現は、必ずしも期待出来ないので、似ていたとしても、当然別の株なのです。
つまり、選別評価された名品の株などは、自然界でそれが育った坪の他では、同じ物が(ほぼ)見付けられない事になりますし、人為的な栽培増殖にも、それなりの時間が掛かる、そんな原因でか、培養に要するしばらくの期間は流通が滞り、趣味者・愛好家・収集者にとっては羨望により、まるでアイドルの様に「まぼろし」と化して高騰してしまう様です。(冷静に見れば、たかが「草」なので、待っていれば似た物も出てくるのしょうが)

最近では、山採りの株を人が栽培し、特に優れた形質と判断された場合には更に「メリクロン培養(生長点の核を、薬剤等も併用して分割増殖させる培養方法)」で増やす事も可能にはなりましたが、人間による選別では、どうしても偏りが起きがちで、例えば「素心」への評価などは、希少品だという先入観が強過ぎていると感じます。
その他多くの無名の蘭の場合でも、意図的に株分けされない限り、殆どの鉢がこの世に二つと存在しない、それぞれ別の個性を持った大切な命の希少品なのです。(この辺は、なんだか人間にも似ている気が・・)
そして、それぞれの株の個性は、自分で気長に育てたり、無駄な先入観を捨てて観察してみると、結構大きな違いとして発見出来る事があります。

そこが、趣味の東洋蘭栽培での一つの面白さでもあるかと思います。
他人の価値観に踊らされ振り回されていては見付けられない、深い楽しみの・・・



『杭州寒蘭』無名(あお更紗色/舌前面無点/五弁ともに覆輪あり)
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私は、寒い冬に咲く「杭州寒蘭」の凜とした存在感が大好きです。








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by Ru_p | 2018-12-03 18:41 | 東洋蘭 | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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