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白隠の禅画(の3)

鷲頭山図 白隠慧鶴筆 17009 41×108

白隠の禅画(の3)_e0259194_18065048.jpg

禅僧の白隠さんは、65歳を過ぎた頃から、多くの「禅」の教えを、自らの賛文とアニメチックな画とに込めて、繰り返し表現する様になりました。
この「鷲頭山図」も、その意味で同じテーマの画が何点か現存しています。

賛文にある変体仮名を、母字(表音文字である仮名の元となった漢字)に置き直すと、
見あけて見連は鷲頭山 見お路せは志け鹿濱能徒里ふね

この画賛は、この地域で当時歌われていた民謡(作業歌?)からの引用でもあったので、地元では誰もが知っていた文言だったようです。

この時代の仮名交じり文は、濁点も句読点も付けなかったので、更に現代語風に書き直すと、
見上げてみれば、鷲頭山。見下ろせば、志下鹿浜の釣り舟。

〔♪~♬〕
みあげてみれば、わしずさん
みおろせば、しげししはまのつりぶね

画にある三隻の小舟にはそれぞれ、一人が艪で東寄りの風に向かって舟を操り、もう一人が釣り糸を手繰って魚を誘うと言う(穏やかな早朝の)伝統的で、誰もが見慣れていたであろう一本釣り漁の様子が簡潔な筆遣いで現されています。


「鷲頭山」は、富士山の南南東約30kmで、伊豆半島の付け根西側に位置し、沼津アルプスとも呼ばれる標高392mの低いながらも険しさのある山で、画とも雰囲気は似て見えますが、実物はもう少し勾配が緩い様です。

白隠(はくいん:1686~1769)さんが晩年を過ごした「原」の松陰寺からも、約10kmと近い場所でした。

志下(しげ)の「鹿濱(ししはま)」は、鷲頭山の南西約1kmの駿河湾に面する小さな漁村の名でしたが、今は、読みはそのままですが「獅子浜(ししはま)」と言う文字が当てられ、変わってしまっています。


ここで、
鷲頭山が見上げるべき崇高な山として象徴的に扱われている理由ですが、

お釈迦様が悟りを得た後に、『無量寿経』や『法華経』を始めて説いた聖地とされる山の名前(梵語でグリドラクータ:鷲の山を意味する/和名:霊鷲山)と通じるので、その聖地(霊山)に見立てたからと言う説が、現在までは一般的とされています。

(但し、この画の場合には、鷲頭山の背後に、「霊山」として名高い富士山や愛鷹山(あしたかやま;旧名=足高山)まで描いていあります;この画の鷲頭山の向きですと、富士山はもっと左側に見える筈の様で・・・心象を描いたのかな?/何点かある同テーマの画の中では、構成や体裁が比較的整って見えますので、遅く手慣れた時期の作品だったのかも知れません)


そしてもう一つ更に大きな理由が(未だ何方も言及されてない解釈の様ですが)考えられます。

それは、文明元年(1469)に金比羅大権現の分霊(わけみたま)によって祀られた「鷲頭神社」が、江戸末期までは、この鷲頭山の山頂に鎮座していたと言う事実です。
(明治維新後には、残念ながら周辺の神社と合祀されて、北東約1.5km先の天満山への遷座が行われてしましたが、現在でもその「鷲頭神社」の名残りの奥宮だけは、鷲頭山の山頂に、ひっそりと残っています)

全国の金比羅神社の総本宮となる讃岐の金比羅宮(こんぴらぐう:明治以降には金刀比羅宮と改称)の社殿が建っていた山は、象頭山と呼ばれています。
象頭山という名は、もとはインドのガヤの南西にあって、お釈迦様と因縁の深かったガヤー・シーサと呼ばれる霊山で、そこにあやかって付けられた和名の様です。
象頭山と鷲頭山(霊鷲山の別名)とは、インドでは約50km隔たった別個の山(霊山)ですが、大昔に異国にあった似通った由来と、それぞれ動物の頭を意味すると言う共通性を持つ名前なので、日本では混同される事もしばしばあった様です。

金比羅宮のあった象頭山(標高538m)は、「日和山」とも呼ばれ、海の民が船を出すかどうかを判断する際に日和を見る事(天候予測)にも利用されていたそうです。この画にある釣り人を含め、海に生きる人々は、おそらく分霊された方の鷲頭山山頂の神社にも金比羅の神の霊験を感じつつ、日々の海上安全を祈願していた事と考えられます。

金比羅神は、もとはインドのクンピーラ神と言われ、ガンジス川に住む鰐(ワニ)が神格化されたものとも言われていますが、日本では仏教に守護神として取り込まれ、「金毘羅大権現(※)」(主に海難や雨乞いの守護神)として信仰される様になったそうです。(日本古来の「神」とは無関係ながら、神仏習合や修験道が融合して、更に江戸時代の民間信仰や観光流行の波も加わり、当時は異常とも思えるほどの隆盛を誇っていました)




(※)

数多い白隠さんの墨蹟の中には、「金比羅山大権現」と書かれた書が複数ありますので、白隠さんは当然「金比羅大権現」に対して強い敬意を持っていたと考えられます。

(白隠さんの墨蹟;「神号」/『墨美』より;龍翔寺蔵)
白隠の禅画(の3)_e0259194_643711.jpg白隠さんの時代(廃仏毀釈運動が起こった明治維新よりも百年以上前)の「金比羅さん」の総本宮と言えば、讃岐にあった象頭山松尾寺の金光院に祀られた「金比羅大権現」が主祭神だった訳ですが、何故か何れの墨蹟を見ても、「金比羅」と「大権現」との間には敬称の「さん」ではなく、「山」の文字が書かれています。

(もしかして白隠さんは、揮毫の時に対の様に書いていた「秋葉山大権現」の「山」の意識が強かったので、つられて書いてしまったという単なるご愛敬だったのか?   それとも何処かの「山」 を意図して・・?)









鷲頭神社の前身(金比羅大権現を祭祀)が(明治維新前まで)あった鷲頭山は、白隠さんの時代(江戸中期頃)には、仏教とも関わりの深い(神仏融合の)場所であったと同時に、地元の庶民にとっては「見上げるべき」崇高な山(聖域)であった事でしょう。


現存する同一テーマの他の「鷲頭山図」の中には、鷲頭山の中腹に大きく鳥居の形(神域を示すシンボル;実際のその位置に、こんな大鳥居はありません)が描き込まれている例もあります。
白隠の禅画(の3)_e0259194_19371485.jpg
(鳥居の描かれた「鷲頭山図」/『墨美』より;旧山本發次郎コレクション)




白隠さんは、同じ視界(一枚の画の中)で、崇高な聖域と庶民の日々の生業とを、対比させながらも、ごく身近に共存している様に表現する事で、「禅の宇宙観」を、見る人に判りやすく解こうとしたのではないでしょうか。










【参考】


江戸時代に「金比羅さん」として庶民に親しまれた象頭山松尾寺の金光院は、元々は神仏習合の寺社だったので、仏教(真言宗)の「寺」でもありました。
ところが、明治時代には、近代日本の歴史上の大きな汚点(政治と宗教の絡んだ)とも言うべき神仏分離令や廃仏毀釈運動での弾圧の標的とされた為に、改宗を迫られ、結果として廃寺にまで追い込まれてしまい、多くの貴重な尊像や経文までもが焼却などで失われてしまいました。


金比羅大権現尊像(紙本肉筆:作者不詳)
白隠の禅画(の3)_e0259194_09064155.jpg
「ガンジス川に住む鰐(ワニ)が神格化された」
と言う雰囲気も、何となくは感じられそうですね。




明治初期には、異なる祭神の宗教団体が、信者をほったらかしで、ご本尊共々入れ替わってしまうと言う、大胆な組織改造の珍事が『権力』に依って強行されていたのです。(ご利益だけが目当ての多くの信者には気付かれぬ様に)
現在の『金刀比羅宮』での祭神は、大物主命(と崇徳天皇)に代わってしまい、有名な歌にまである「金比羅大権現」ではなくなっています。

(♪~♬)
金毘羅船々(こんぴらふねふね)
追風(おって)に帆かけて
シュラシュシュシュ
まわれば 四国は
讃州(さんしゅう) 那珂の郡(なかのごおり)
象頭山(ぞうずさん) 金毘羅大権現(こんぴら だいごんげん)
一度まわれば


明治42年には象頭山松尾寺が、『金刀比羅宮』を相手に、建物や宝物の所有権返還請求の訴訟を起こしましたが、当時の高松地方裁判所に依って棄却されています。





今日の日本では考えられない様な権力による暴挙があった様ですね。
(学校では教わらない歴史)

鷲頭山山頂にも分霊されていた(寛大な?)「金比羅大権現」の存在が、ますます有難く感じられそう・・・








by Ru_p | 2018-03-10 17:20 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の気まぐれ記(ジユウビョウドウ)


by Ru_p

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