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タグ:長沢芦雪 ( 34 ) タグの人気記事

【漫画の語源】に関連して


江戸時代の絵師だった長沢芦雪の画の落款には「芦雪謾写」という表現が度々使われていました。

ここで、見た目に良く似た文字の「」ではなく「」と言う文字が使われてたことが気になります。

この「謾写」の意味なのですが、自分が勝手に想像し創作して描いた「漫画」や「戯画」とも似た意味で使っていたことと推測出来ますが、不思議な事に長沢芦雪以外での使用例を、見た事がありません。(今後、探せば有るのかも知れませんが)

【参考:字の意味】
  「謾」の辞書の意味:あざむく・だます・あなどる・軽く見る・おこたる 
  「漫」の辞書の意味:みだりに・むやみに・そぞろに・なんとなしに 

(この二文字は、意味が微妙に違ってはいますが、似通っている面も有るので、例えば、入れ替えて使われたとしても、解釈する上では、それほど重大な問題とは意識されなかったと思われます)


そこで、
「マンガ(漫画)」の語源を、改めてインターネットで検索してみたのですが、比較的重要な言葉だと言うのに、どうにも説得力のある説明が見当たらず、更にその由来を深く掘り下げて見ることにしました。
(中国で生まれた「漫筆」と言う言葉が、既に日本でも知られていたらしいのですが、この言葉は、現在のマンガの様な画像に対してではなく、文章に対して使う言葉の様に思われます。
また江戸後期に、『北斎漫画』や『四時交加』と言う出版物で「漫画」の文字が突然に出現したとするこれまでの定説では、それ以前の空白期間が不自然に思え・・ )



【 謾」 が 「漫」 に化けた? 】
江戸時代に使われていた筆に依る手書き文字は(筆穂先の動的な変形が余分な墨跡を生じ易い為)、今日多く目にするペン字的書体の筆跡(活字により近い)とは異なり、書く人のクセによる形の偏差が大きく、当時の人たちにとっても、全てを正確に読み取る事は容易ではなかった様です。(穂先の状態や墨のコンディションによっても大きく変わります)

謾(まん)の文字は、草書で書くと、言偏が三水偏(又は人偏にも)にとても良く似ることがあるので、漫(まん;漫画の漫)と見間違え、混同されて使われる事態が起こっていたのではないかと考えられます。 


 「謾」の草書体文字の例
e0259194_08430984.jpg「ゴンベン」なのですが、
「サンズイ」にも似て見え、


筆者の意図に拘わらず、文字が一人歩きをしてしまい・・・
(昔の手書き文字は、正確に読むのが難しく悩ましかった)









【「謾画(マンガ)」の言葉を初めて使ったのは、英一蝶?】
歴史的には、安永七年(1778)に、「英一蝶(はなぶさ いっちょう:1652-1724)著」として刊行された、『
群蝶画英』と呼ばれる画集(3巻;木版)に使われていた「謾画」の文字が見付かるので、この辺りが「マンガ」と言う言葉の、根拠の残る語源又は由来としては、始まりの様です。
この『群蝶画英』は、原画を描いた英一蝶の没後54年目の刊行となるので、「謾画」の文字の初使用者は『群蝶画英』の編纂作業に携わった鈴木鄰松の方だったのかも知れません。(だとしても、今まで語源の定説とされていた山東京伝の『四時交加』の発刊より20年ほどは前なので、その定説は覆ってしまいます)

未だ、どなたもWEB上では言及されていない様ですが、マンガの為の漢字表記の始まりはこの頃で、文字も本来この字だったのでは?

とすると 、
英一蝶が世界初のマンガ家だった」・・!?


【「謾」の字の使用で、長沢芦雪も その直後に関与】
絵師としての英一蝶の名は、没後も大変著名でしたので、その画集(絵手本;戯画集;当時の業界の最新情報)の文字ともなれば、長沢芦雪等 (当時の職業絵師達;北斎や山東京伝等も含む)には当然積極的に目を通されていたと考えられます。
また、その画集『群蝶画英』にある画と似た構図やモチーフの画は、芦雪も幾つか描き残していますので、少なくとも芦雪は確実に影響を受けていたと考えられます。(北斎でも同様に似た作例はあり)
「著作権」や「知的財産権」という観念が、日本人に全く無かった時代の出来事ですし、原画を描いた英一蝶は、芦雪よりも100~50年近く前を生きた先輩となりますので、芦雪(等)にとってそんな模倣は、むしろ敬意の表れという解釈でもあった事でしょう。

長沢芦雪は、遅くとも1787年までに、落款にて「謾」の文字を使い始めています。
(芦雪のその落款の書体で古い楷書体の署名は、天明初期の頃〈1782前後〉に使われた物とも良く似ていますので、『群蝶画英』の「謾画」と言う文字に影響を受けて使い始めたと考えれば、タイミングとしてもストーリーとしても話しが合いそうです)

芦雪が落款に「謾写」の文字を使った画(※)を見ますと、彼自身が創作した「遊び心の絵空事」の試みの戯画への「弁解」の意味を込めて使ったのではなかったのかと感じられます。
(師や先人たちの画を写した場合の「写意」等との、心構えでの区別を強調するために使ったと考えられます)


【北斎等に混用または誤用され、結果として「漫」の文字が歴史に残った?】
群蝶画英の出版から二十年以上後に、山東京伝の『四時交加(1798/ここでの読み;マングハシ?:マンガとは読ませていないし、意味もマンガを直接は示してない様な使い方)』や北斎の『北斎漫画(1812)』など大衆に影響力の強い人気作家の木版本にて、「マンガ」の漢字表記に( 「謾」に変わって?)「漫」の文字が使われ出版されています。

(あくまでも仮説ではありますが)
結果的に、「誤用」(アレンジ?)での漢字表記(読みは同じ)の方が圧倒的に広く認知されたので、今日にまで至っていると考えるのが「マンガの由来」として、言葉が発生した筋書き(真相)の様に思われます。

【マンガの漢字は元々は】
謾画 ⇒ 漫画  (マンガ)


【北斎の誤用/混用には、北斎謾画にて他にも前例が・・】

実際に北斎漫画の第十三編では「魚藍観音」の名前で、本来の正式な「藍」の文字を誤りの「濫」の字に置き換えて使っている誤用(?)の前例も有ります。
(へそ曲がりだった北斎ならば、誤用でなく故意にアレンジした可能性も考えられ・・・事故だったのか、意図的な編集だったのか、その当て字を使った側も見た側もあまり拘らず・・・でしょうか)




今更そんな古い出来事への仮説の裏付け立証は誰も出来ないのかも知れませんが、歴史の真相なんて、案外そんな事だったのかも知れません。(個人的には ほぼ確信ですが)




【人々が知りたがる「語源」や「由来」の話しには、マユツバが多・・・
そもそも大昔の事では、語源由来と言い切れる確固たる根拠の残る言葉なんて殆どあるはずもなく、噂話が積み上がった程度の事例も多い事でしょう。
検証の手段が殆ど残って無いのですから、先人が発して認知されてしまったら、根拠があやふやであっても永遠に『真実』と同等に扱われてしまう可能性があります。













※【参考
《長沢芦雪の他の画での「謾写」の主な落款使用例》
「龍図襖」(島根県;西光寺蔵/朱文氷形印;欠損無/氷計謾写;1781~1788)
「寒山拾得図」
(京都市:高山寺蔵/朱文氷形印;欠損無/平安蘆雪謾写;1787
「娘道成寺(梵鐘)図」
(ドラッカー・コレクション/朱文氷形印;欠損有/蘆雪謾写;草書体
「猪童子図」(図集「長沢芦雪奇は新なり」より/朱文氷形印;欠損無/蘆雪謾写;1781~1788)

その他(※)

他に似た落款で、「大仏殿炎上図」(個人蔵/銅製の朱文円印/制作年1798)には「即席傍写」と読めそうな似た字が有りますが、これは、その場で即座に写したと言う意味だと考えられますので別物でしょう。
芦雪の場合は、落款の文字を、この様にこだわりを持って使い分けていたと言えそうです。








マンガの画が誰かを笑わるというのは、構成展開による結果でしょう。

見たい(見せたい)のは、自由な遊び心でのみ描き表現される疑似体験の
世界・・







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by Ru_p | 2014-07-18 19:43 | その他 | Comments(0)

赤鬼の滝 (芦雪)

長澤芦雪筆 (不動七重滝の図) 14009 39x104
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画は、吉野からの大峰奥駈け道と呼ばれる熊野古道の一つが近くを通り、古くから修験道の聖地とされて来た大峰山脈の前鬼川にある、「日本の滝百選」にも選ばれている「前鬼山不動七重の滝」(吉野熊野国立公園の特別地域;奈良県吉野郡下北山村)の様です。
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ここの滝は、峠の道からも見えるのですが、好奇心の強かった蘆雪ならば、少しでも滝壺の近くにまで踏み入って写生しようとしたのではないのかと思われます。京都の一流絵師だった芦雪が敢えて険しい道を越えて、こんな奥地の滝を眺めに来ることには、既に大きな決断や覚悟を要していたことでしょうから。

前鬼川には、他にも三重の滝などがあり、それらの滝は、それ自体も信仰(山岳信仰と仏教が習合した修験道で)の対象だったそうです。
e0259194_15404737.jpg



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この画の作画時期は、芦雪の南紀滞在中ではなく、彼の晩年に近い頃(落款印章の右上が欠けているので、満38歳以降;1792年~1799年の間)の様です。
おそらく南紀滞在中に実際に目にしてスケッチした画を持ち帰り、それを基に後日改めて描きなおした物と思われますが、基のスケッチが何時描かれたのかは、資料不足なので厳密には分かりません。
ただ、この画を見ていると、芦雪がこの険しい山奥にまで、自分の足を運んで自分の目で見たことは、確かなのだろうと思われます。(芦雪の足取りには謎が多いのですが、ここにも立ち寄った事の証拠には!/近景の樹木を見て、冬枯れの時季の様ですので、天明7年の冬、南紀から京都への帰路の途中と考えるのが合理的なのですが、となるとその道順は・・?)



滝の画は特に中世以降、李白が吟じた詩「望廬山観瀑」に憧れた日本の絵師達に好まれて、画題として盛んに扱われて来ました。(例えば、谷文晁もこれと酷似の構図の画をバーク・コレクションに見る事が出来ます)




※前鬼:
役行者が従えていたとされる「前鬼・後鬼」と呼ばれた夫婦の鬼の夫の方で、赤鬼として表されることがあるそうです。また、妻で青鬼ともされる後鬼は奈良県吉野郡天川村(直線距離で約20kmと近い)の出身とされているのだそうです。















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by Ru_p | 2014-07-06 14:16 | アート・コレクション | Comments(0)

蘆雪の仔犬

長沢芦雪 筆 「仔犬の図」 絹本 14004 34x102.5
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江戸時代の人達も、こんな可愛い子犬を見れば、当然癒されたことでしょう。
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子犬の画の可愛らしさでは、師匠の応挙も得意な題材だった様で、とても有名です。
意図的にそれらに習って描く練習を重ねていたのでしょうから、全体の構図や体形等似た雰囲気になって当然なのですが、この画の表情には優しさ(芦雪らしい愛情)が表れているので好きです。



















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by Ru_p | 2014-06-03 00:07 | アート・コレクション | Comments(0)

画の「引き算」 (芦雪)

野菊と岩上の雀図 長沢芦雪筆  09010  29×92.5
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小禽(特に「雀」)は芦雪が特に好んで描いた得意な題材なので、多くの作品が残されていますが、同じであってもこの画では筆数が特に省かれて描いてある様に見えます。
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細かく描くべき詳細部分が省かれているのに、驚くほど強く存在感が現われていることに気付きます。
それは、曖昧な部分を省き描かないこと(つまり「引き算」)が、結果として必要十分な個性を強調したと言うことなのかも知れません。

一説に、芦雪は片目の視力を失っていたとも言われています。とすると、細部が良く見えなくなったことで、反って対象の本質を見抜く力を得た、という事なのかも知れませんね。




滲み・かすれが上手く活かされ、雀の表情は、実に可愛らし・・・



落款印章:朱文氷形印(欠け無し)
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by Ru_p | 2013-10-06 06:00 | アート・コレクション | Comments(0)

芦雪の山水画

月下舟止図 長沢芦雪筆   13011  39x21
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おぼろな月が低く霧のかかる山の上にかかり、風も無く静かな水面に船(底が浅い、琵琶湖など用の)が三艘浮かんでいる光景の様に見えます。

月明かりで彩度の低い情景は、墨の濃淡だけで描くのに都合の良いテーマだったのでしょうが、簡潔で叙情的(寂しげ・悲しげ)な描写がとても見事です。


ところで、この月の欠け方は、日没直後の東の方角に見える形の様です。

全く勝手な想像ですが、
中秋(旧暦の8月中旬)の日没直後に琵琶湖西岸の水辺から、東側を見た光景の様です。

この雰囲気って、何か悲しい事でもあったのでしょうか?









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by Ru_p | 2013-10-03 07:14 | アート・コレクション | Comments(0)

嵐山かな (芦雪)

花の嵐山 長澤芦雪 画/香川景樹 賛歌   13006 25x100

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山の所々に桜の花が咲く静かな嵐山の風景が描かれた、小品ながら叙情的で落ち着いた画です。

「歌界に新風を吹き込んだ」と言われる歌人の香川景樹(直木賞作家の志茂田景樹氏のペンネームの由来とか)による画賛の文から、嵐山は当時も観光名所だったので、シーズンには人々で賑わっていたことがうかがえます。

賛文を、七五調で多少文字の置き換えをすると、下記の様に読めるのでしょう。
残り咲く 花見し人は 散り果てる 夜静かなる 嵐山かな  景樹」

景樹は画賛から、芦雪の画を観て夜の(嵐山の)静けさを感じた、と言いたいのでしょうが、そのことで画が「夜景」だと決めてしまうのは早計の様な気がします。
画の墨色(松煙墨)と、賛の墨色(油煙墨)が全く違うので、景樹は、芦雪がこれを描いた時には同席しておらず、後日(施主から依頼されて?)画賛を入れた可能性が強いと考えられます(景樹がその名に改名したのが芦雪の没年の頃らしいことと、歌人としての名を高めたのが更に後らしいので、この画賛は芦雪の意図よりも、景樹の勝手な解釈で書き加えられた可能性が強いと思われます)。
人影は見えませんが、空も川も白く抜けていますので、芦雪は、まだ空の明るさの残る時間帯の光景を描いたのだと観るのが自然だと思います。薄墨が入らない桜の部分は淡く浮き立っていますが、観る者のイマジネーション次第で、明け方でも夕方にでも見えるのは、画の奥深さなのでしょう。

手前の渡月橋は、江戸時代元禄の頃から今と同じ位置だったのだそうですが、明治初期までは、狭くみすぼらしい、こんな木の橋だったのでしょう。(現在ではコンクリート製で大型車も通れる橋に変わっています)
橋との標高差が三百数十メートルある嵐山は、今と同じ位置なのでしょうが、松や桜は、何世代か前の物で、日本のさくら名所100選として選ばれる200年も前の姿なのでしょう。(現代の姿ともよく似た雰囲気を感じますが)

この画は、嵐山を北東側の少し高い場所から見下ろす様な視点で描かれていますが、この方角に山や丘は無いので、建物から描いたのだと思われます。

※その建物に関してネットで参考となりそうなページを見付けました。
それに依ると、この画の視点と思われる場所(右京区嵯峨天龍寺角倉町9付近)には、豪商だった角倉了以が1606年に邸宅を築き、その建物は江戸時代を通して子孫に維持されて来たのだそうです。2008年には、その遺構の保存品の中から芦雪の襖絵(「飲中八仙歌」の張旭の図)が新たに発見(翌年には京都市が文化財指定)されたのだそうです。(落款から「蘆雪晩年」:寛政後期頃の制作とのことです)


だとすると、芦雪が晩年、そこの襖絵の制作を依頼された時に、この『花の嵐山』も同じ場所で描いた(写生した)と考えるのが自然な推理かとも思われます。
豪商の邸宅で単独の制作活動と言うことは、既に応挙の没後(1796~1799年の春)だったのでしょうか。。

  ついでに、この画も「新発見」ということに・・・??
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by Ru_p | 2013-05-16 20:14 | アート・コレクション | Comments(0)

蘆雪らしさ(雲龍)

13004  45.8x122.6
e0259194_11554260.jpg


大胆な構図・おちゃめな表情・勢いのある描線。


潔く一気に描き上げることで、一瞬のドラマを連想させる効果を出しています。
墨色の違いや滲みの景色をさりげなく活かし、画面からはみ出す主役の要所だけを描くことで、全体の広がりを想像させ、存在感や見応えを演出しています。

蘆雪らしさ(晩年の)がよく出た画ですが、制作時間は僅か(数十分足らず?)だったのではないかと思われます。


江戸時代では45歳を夭逝と言ったかどうか判りませんが、もっと長生きしていたなら・・・・
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by Ru_p | 2013-04-28 13:16 | アート・コレクション | Comments(0)

酒豪たちの詩(芦雪)

①飲中八仙図   12010   58.0x110.0
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『 飲中八仙 』は、中国唐時代に杜甫(とほ)が七言古詩「飲中八仙歌」に詠んだ8人の酒豪たち;賀知章(がちしょう)・汝陽王李(りしん)・李適之(りてきし)・崔宗之(さいそうし)・蘇晋(そしん)・李白(りはく)・張旭(ちょうきょく)・焦遂(しょうすい)のことです(仮名は日本語読みの場合です)。

中国では、日本の七福神の様に、古くから親しまれた存在で、豪快さの表現は当然誇張されているのでしょうが、歌と共に長く親しまれて来たそうです。
芦雪も自らが酒好きであったこともあり、これに関連した画題を好んで(憧れて?)描いていた様です。
そこに出てくる、李白(や布袋など)は単独の画も多く残されているので、特にお気に入りだったようです。

長沢芦雪が描いた「飲中八仙図」では、②バーク・コレクションの作品と ③MIHOミュージアム等の展示会にも出品された画とは互いに構図が酷似していて、既に世間には周知されています。この画①はそれ等とは多少別の構成ですが、仙人毎の構図や筆致には共通した面が多くあります。②③に有った犬の姿は省かれていますが、代わりに?後ろ姿の馬や少し多めの子供たちが加えられ、平和で楽しそうな(芦雪好みの)パーティーの雰囲気が良く出ています。

ところで、大きな違い・・・じつは、この画で芦雪自身が描いたのは、下から四分の三位までで、それより上の部分は、画賛によると「淇淵」(不詳:柳沢淇園のことか?)が山水の遠景を、(戯れで?)描き加えた様です。
明らかにその辺りから筆致が替わって見えますので、その気になれば、腕の良い表具師さんが、二枚別々の画として仕立て直すことすら可能と思われるくらい境目は明瞭です。
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「戯れで」と思わせる理由の一つには、芦雪の落款が「隠し落款」になっていて、よく見ると、画の中の更に別(布袋様)の画の落款部分が「蘆雪」となっていて、『長澤』『魚』の朱文印風の手描き印象があることです。
この様な「隠し落款」の使い方は、この時代に必ずしも例が無い訳ではないのですが、いかにも芦雪が好みそうな『奇想』(サービス精神?)を感じます。おそらくは、仲の良い友人同士で酒を飲み、この話題で盛り上がり、勢いで描かれてしまったからなのではないかと想像します(「応需」でなく?)。それ故なのか手慣れた気儘な表現に見えるので、②③よりも、後で描かれた物かも知れません。
e0259194_716448.jpg


  





【参考】
②左: ニューヨーク・バーク・コレクション展よりの「飲中八仙図」
③右: ミホ・ミュージアム 「長澤芦雪 奇は新なり」よりの「飲中八仙図」

e0259194_1358068.jpg

②③の画では、8人目の焦遂?と思われる仙人を囲む集団が、左上遙か後方の丘に陣取って見えますが、①の画では、手前の集団と合流して描かれています。


[飲中八仙歌]
知章騎馬似乗船
眼花落井水底眠
汝陽三斗始朝天
道逢曲車口流涎
恨不移封向酒泉
左相日興費万銭
飲如長鯨吸百川
銜杯楽聖称避賢
宗之瀟洒美少年
挙觴白眼望青天
皎如玉樹臨風前
蘇晋長斎繍仏前
醉中往往愛逃禪
李白一斗詩百篇
長安市上酒家眠
天子呼来不上船
自称臣是酒中仙
張旭三杯草聖伝
脱帽露頂王公前
揮毫落紙如云煙
焦遂五斗方卓然
高談雄弁驚四筵

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by Ru_p | 2013-04-26 12:48 | アート・コレクション | Comments(0)

芦雪も見た ???

わがやの にゃんこ がよくするポーズ
e0259194_1721729.jpg





どこかで見覚えが・・・・・・



e0259194_1755245.jpg











※芦雪の有名な無量寺本堂襖絵の虎は、前足の爪の描写に多少の違和感が感じられますので、片足ではなく「両足を揃えている」と言う説(解釈)があるそうです。
ところが、猫をモデルに観察すると、両足を揃えるのは、獲物に跳びかかる直前で、体(腰)をもっと低く構える様です。
ですからあの虎は、左前足だけを出した時の、獲物に少しずつ近づく猫のポーズ(上のにゃんこと同じ)なのだと思われるのです。

ちなみに、その虎図襖の裏面(二ノ間)には、魚(川の鮎?)を狙って忍び寄る猫の画が描かれています。そこの魚の目から見れば「猫が虎の様に見えた」と言う解釈があるのですが、まさに、上の写真の様なポーズを見たからではないかと・・・?

e0259194_2328170.jpg

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by Ru_p | 2013-04-04 17:17 | にゃんこ | Comments(0)

猫顔のトラ (岸駒・芦雪他)

①岸駒の・・・・      (06057)       45*100
e0259194_8103968.jpg


e0259194_552525.jpg


②芦雪の・・・・       (12009)        52.7x110
e0259194_2145562.jpg


e0259194_5145499.jpg


それぞれが斜め上方を見据えているので、双幅の「龍虎図」として描かれた物の片割れだと思われます。
(落款と画から①が佐伯岸駒※、②長沢芦雪の筆と勝手に判断しましすが未鑑定;すでに所定鑑定機関もありませんし )

岸駒も芦雪も活きた虎を見る機会が無かったので、中国や朝鮮半島などから渡来した画を参考にしたり、死んだ虎の皮や近くの猫を写生して参考にしたと言われています。
その目は明らかにな猫だとも言い切れませんが、拡大すると虎よりも猫に近い特徴(縦割れの瞳)が見られます。
また、表情も愛嬌たっぷりでとてもカワイイので、猫をモデルに虎に見立てた?可能性がうかがええます。

江戸時代の庶民にとっては虎も、龍と同様に現実には見ることの出来ない空想上の生き物に近い存在だったので、この様に自由でアニメチックな画が描かれたのではないかと思われます。
そしてこの傾向は、この時代と思われる他の多くの虎図に共通してある様です。
 
         (オチャメな虎ネコたち↓)
     ③08002 ????
 
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          ④07013 原在中
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          ⑤06069 麟振義境
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          ⑥06063 熊代熊斐
e0259194_6172894.jpg

          ⑦06055 ????
e0259194_86632.jpg

          ⑧07006 岸岱
e0259194_872735.jpg

          ⑨06061 ????
e0259194_884636.jpg

          ⑩07041 北渚周溪
e0259194_029575.jpg

          ⑪11004 常山源瑛
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          ⑫08006 庭山文光
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          ⑬17016   
長沢芦雪 
e0259194_22553989.jpg
駆け出しの頃の芦雪が、応挙の手本にならって描こうとした游虎図なのでしょうか、
後ろ足で体を掻く仕草から、竜と対峙する様な緊張感がなく、まるで猫の様です。







※佐伯岸駒(西暦1756年5月1日? - 1839年1月19日)は特に虎の画には定評があり、もっと精悍で恐ろしい表情の画も多く残しています。(芦雪の虎の方がどれも猫顔的なので好きなのですが、「虎」らしい恐ろしいさという意味では、岸駒の方が迫力が有る様です)








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by Ru_p | 2012-11-11 08:38 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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