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古今集の古筆(その2:素性法師)

伝 素性法師(三十六歌仙の一人)筆   17007 16×23

平安貴族文化の貴重な資料の様です。
以前、どなたか研究者の方が、朱でチェックを入れた形跡が見られます。
(紙料の劣化具合には、千年以上の歴史の風情も感じられ・・)
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勝手な想像による 文書の意味
  雲林院歌会での控え(私的メモ)
    記載日;寛平初年3月?日(西暦889年4月?;「寛平御時后宮哥合」以前の春で、京都の山桜が散る頃)
    記録者;素性法師(桓武天皇の曾孫/当時は雲林院に住んでいた

自己流での 読みと解釈
       赤文字:変体仮名部分を現代の仮名文字に変換
       青文字:濁点等を加え、一部漢字に直し、現代語風に変換

     
 雲林院にてさくらのちりけるをこそよめり
 雲林院にて桜の散りけるをこそ詠めり
     
    素性法師
    素性(そせい)法師
     
   をイ 
花ちらす風のやとりはたれかしる我にをしへよ行てうらみん
 花散らす 風の やとり(居所)は 誰か知る 我に教えよ 行て恨みむ
  (古今76)  
   さくらの花のちり侍りけるをみてよめる
     
     
     
    承均法師 貫之カオヒ 紀文時カ子也
    承均(そうく)法師 貫之が甥 紀文時が子也
     
 桜ちる花のところは春なから雪そふりつつきえかてにする
 桜散る 花の処は春ながら 雪ぞ降りつつ 消えがてにする
  (古今75)  
   雲林院にてさくらの花のちるを見てよめり
   雲林院にて桜の花の散るを見て詠めり
     
     
 いさ桜我もちりなん一さかりありなは人にうきめみえなん
 誘(いざ)桜 我も散りなむ 一盛り ありなば人に 憂き目見えなむ
  (古今77)  
   花モ一サカリ也花ノ盛リニ我モチリナン
   花も一盛り也 花の盛りに 我散りなむ
     

後に古今集に載る有名な春の歌三首が、雲林院(かつては京都の桜の名所)の私的歌会にて初めて作られ披露された時の作者(素性法師)自身による記録の様です。

素性法師自作の一首(頭に〇印)と、承均(そうく)法師が詠んだ二首とを記録した文書で、その内容から素性法師にとって、承均法師は、恐らくこの日が初対面で、紹介された内容をも同時に記録した物の様です。

その、承均法師の身の上に関連する記述の部分には、素性法師が親しくしていた紀貫之の甥で、父は紀文時であること等、殆ど世の中に知られていない情報が記載されていますので、原本(真筆)であれば、歴史資料として重要な意味がありそうです。




ところで、三種目の「いざ桜・・・」の承均法師の歌ですが、もう一花咲かせてから自分の人生も散らせたいと言う意味だとすれば、出家した僧の作としては、何とも俗世間に未練を残している心情が見え、妙な若さを感じます。この日が歌会初デビューだったのでしょうか?その新鮮さ故に老いた素性法師が気に留めて、選び残したのかも知れませんね。

それが、えこひいきだとしても、また狭い貴族社会だけの出来事なのだとしても、千年前の人も現代人も、心はそれほど違わっていない様で、なんだか親近感を感じそうです。




この頃の貴族が使った紙は、おそらく「唐紙(中国から輸入した紙)」でしょうが、こんな良い状態で残っているとは、紙と墨って、非常に優れた記録媒体なのですね。
















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by Ru_p | 2017-06-23 20:14 | アート・コレクション | Comments(0)

良寛 思慕の歌

年ごとに あふと・・・(七夕)  良寛書  13014  30.5x26.5
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年ことに あふと
わすれと 七
夕の ぬる夜
の数ぞ すく
なかりけり

  沙門良寛書



「年ごとに 逢うとはすれど 七夕の 寝る夜の数ぞ 少なかりける」
という古今和歌集 秋歌上179番の歌の様です。

良寛さんが58歳(1817年)の頃、遠く江戸の地に出向いたまま、なか
なか戻れない7歳年下の維馨尼(いきょうに)さんを想って詠んだ、と思
われる歌(維馨尼さんを織り姫に見立てたと思われる七夕関連の歌の一つ
で、他にも万葉集や自作の詩が幾つか現存しているそうです)の墨跡です。

清貧であるべき僧としての体面に囚われない大胆な感情表現や堂々と署名を残す姿勢には、
裏も表も隠さずに生きようとした潔さが感じられます。

良寛さんの書を見ていて癒やさるのは、子どもが書く字の様で「あざとさ」
を感じさせないからかも知れません。
デフォルメの奔放さ伸びやかさも好きです。




1817年(文化14)の七夕だとすると、新暦では立秋の後で8月18日
の深夜の行事です。(故に季語は秋)

「ぬる」には「寝る」の他に「濡れる」の意味も含むようです。


例によって、古過ぎて真跡を厳密に立証する方法は存在しませんが・・














.

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by Ru_p | 2013-10-01 20:15 | アート・コレクション | Comments(0)

大和絵の伊勢

    11014
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   たちぬはぬ 衣きし人も なきものを 何山姫の 布さらすらむ

 (古今和歌集926/伊勢) 
 「裁ち縫わない衣を着た人もいないのに、なぜ山の女神は布を晒すのでしょうか」
と言うのが主な意味ですが、曖昧な日本語の不便であって便利?なところなのか、別の意味も当然掛かっているので・・・

「大和絵」風の画で、36歌仙の一人『伊勢』の姿と、滝の一部が描かれています。江戸時代の作と思われ、自画賛の様ですが作者(狩野派?)は不詳です。
以前の紀貫之の記事での古今和歌集043・044でも、この『伊勢』が和歌の作者でしたが、今から1100年以上前の平安時代の人物です。伊勢守従五位上藤原継蔭の娘で、その継蔭の任地から、『伊勢』の通称で呼ばれていたのですが、当時は秀でた才能を認められた貴族の歌人であったのに、女性ということで、姓でも本名でも呼ばれないのが普通だったようです。
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この画は、当時まだ十代半ばだった『伊勢』が、恋人と別れ、傷心が癒えぬまま龍門寺に詣で、滝のもとで歌を詠んだ時の姿でしょう。豪華な十二単や長い素直な髪・ふくよかな顔の輪郭と額の化粧・細い一重の目と小さな口など『平安美人』の決まりごとは外さずに、後世の絵師が勝手な解釈で作り上げたものでしょうが、どことなく悲しげに見えます。

  「どんな姫が わたしの大事な人を去らせてしまったのか・・」なのかな?
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by Ru_p | 2013-01-14 08:58 | アート・コレクション | Comments(0)

蓮月の和歌(その6/画)

自画賛
12008-04
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うの花の さける垣ねの 朝しめり 山ほとときす 一聲もかな

      蓮月


「卯の花の 咲ける垣根の 朝湿り 山時鳥 一聲もかな」だと思いますが、これにも類似の句がネットで見つかりましたし、似た画も有りました。
「卯の花の さける垣根の しめり 山ほとゝぎす 一こゑもがな」で、一文字だけ違っています。「夕」よりは「朝」の方が露で湿り易い気がしますので、そちらは早い時期の作なのかも知れません。
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by Ru_p | 2012-12-09 17:44 | アート・コレクション | Comments(0)

蓮月の和歌(その5/画)

自画賛
12008-02
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雪中若菜

ひまもなく ふりくをみれは 雪ひとり つみてしめのの わかななりけり


蓮月


これは「隙も無く 降り来を見れば 雪独り 摘みて標野の 若菜なりけり」ではないでしょうか(「標野」は万葉集を意識している気がします)。

これも、類似の「ひまもなく ふりくみれば 雪ひとり つみてしめのの わかななりけり」という句をネット検索で見付けました。
一文字だけの違いですが、この様に常に自身の作品の完成には気を砕いていたのでしょう。
微妙で曖昧だからこそ奥の深い日本語の世界ですね。
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by Ru_p | 2012-12-09 17:32 | アート・コレクション | Comments(0)

蓮月の和歌(その4/画)

自画賛
12008-03
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このきては うれしきふしを かさねつつ 末のよちよ〇 ためしなりけり

       蓮月


「このきては 嬉しき節を 重ねつつ 末の世千代(の) 例なりけり」
なのでしょうか。

これも、字と画の美しさがとても素晴らしいです。

「きて」の意味ですが、木手?なのか、貴手?なのか、来て?なのか、着て?なのか疑問なのです。
笹の画から連想すると「節を重ねた、末に沢山の葉を付けた手の様な形の木」とも解釈出来なくはないのですが・・・・(おそらく、何等かの節句に)。
。また、蓮月さんには珍しく千代の後に一字(おそらく『の』の字)を落としている様に見えます(切手やコインの様に反って希少なエラーなのかも知れませんが)。



※参考にネット検索で
「"短冊 『竹』" このきみは めでたき節をかさねつつ 末の世 ながき ためしなり けり」
という類似の句を蓮月さんが残している事を知りました。
同じような気持ちで詠んだものと思われます。
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by Ru_p | 2012-12-09 14:00 | アート・コレクション | Comments(0)

蓮月の和歌(その3/画)

12008-01
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世のちりを よそにはらひて ゆく末の ちよをしめたる やとの枩風
               蓮月


「世の塵を 余所に掃いて 行末の 千代をしめたる 宿の松風」でしょうか、
当時(幕末頃)のハンドモップの画と和歌の自画賛ですが、淡い藍色で楽しそうに遊んだ紙の使い方がしゃれています。

この「世の塵」が具体的に何を指すのかは不明ですが、煩わしい事でもあったのでしょうか、風を感じただけでも気持ちを切り替えられる、手本にでもしたい境地。
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by Ru_p | 2012-12-09 08:09 | アート・コレクション | Comments(0)

蓮月の和歌(その2)

太田垣(大田垣?)蓮月さんの短冊です。07002-01
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あめのふりけるをり
 むくらたに やへはたのます 世の中を
  ひとへにかりの やととおもへは
          蓮月


現代語訳の例:葎だに 八重は頼まず 世の中を 一重(偏)に仮の宿と思えば


百人一首の「八重葎(やへむぐら) しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり
恵慶法師(47番) 『拾遺集』秋・140」を意識して作ったものと思います。

上の訳例ですと、季節は秋(夏?)なのでしょうか、(和歌の場合解釈が幾通りも出来るので)

これを見ても、蓮月尼さんの孤独で頑なな世界観をちょっぴり感じます。

例によって、すてきな字!





※葎(むぐら;ウグラ・モグラ)はアカネ科の雑草で、茎に刺が生えています。
 厳密には、「八重葎」と「葎」とは同一の科なれど別属らしいのです。
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by Ru_p | 2012-12-08 11:39 | アート・コレクション | Comments(0)

秋の三夕

10026
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古くて全体に黒ずんだ渋めの墨画で画も字も実に上手いのですが、落款印章が不明瞭なので、作者は不詳です。
(下の画像は画像ソフトで明瞭に見えるように調整したものです)
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新古今集の有名な「三夕(さんせき)」と言う首の(秋の)暮れのもの寂しさを詠んだ和歌らしいと判明したのですが、重要な位置に必要な語句がない(虫食い?色褪せ?書き損じ?)ので、文として成立していません・・・と諦めかけて再度見直していると、、既知の和歌の語句に相当する欠落部分が『絵』で置き換えられ『絵文字』に見えることに気付きました。

現代仮名への文字(と絵の)訳は下記の様に、

①心なき身にも哀れは知られけり 鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮れ
                                 (西行法師)

②見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ
                                 (藤原定家)

③寂しさはその色としもなかりけり 槇(まき)立つ山の秋の夕暮れ
                                 (寂蓮法師)


それぞれの赤字部分、が下の画像のように絵で置き換わっています。


  ①(鴫が飛んでいる絵:水鳥)
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  ②(苫屋の絵:粗末な家)
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  ③(槙が立っている山の絵)
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新古今和歌集は鎌倉時代初期に後鳥羽上皇の勅命により編纂された勅撰和歌集で、元久2年(1205年)に完成。テーマごとに配列され、秋上の巻になるこの三夕は当時から特に評価の高かった歌らしいです。
実に手の込んだ趣向(絵文字)の珍品で、画も字も同一筆者と思われます。
別々の場所の情景なのに「秋の夕暮れ」の共通する情感が絵の様に漂っている和歌だったからでしょうが、当時は遊び心のあるお公家さんの発想と指示で作られた山水画の名品(貴族のお宝)だった物が、長い間忘れ去られていてやっと日の目を見て再評価される機会を得たようです。
かなり古い物で、傷み具合は室町?鎌倉?にも見えなくはないのですがまさか(検証してませんが、画が狩野派ならば・・・江戸時代前期?)。

『鴫立庵』という西行の記念館が神奈川県大磯町にあり、そこに「鴫立沢」もあるのです。但しそこは、寛文4年(1664年)にそれらしい場所と言うことで標石が建てられただけの場所だそうで、「西行物語」によると、①の歌が詠まれたのが、文治2年(1186年)西行が奥州平泉に向かう途中だそうなので、この画の作者が知っていたかどうかは疑問ですが、本当の「鴫立沢」は現在の「江ノ島」の辺りになるらしいです。
②の藤原定家の歌は1186年の作、③の寂蓮法師(俗名は藤原定長)の歌は1191年の左大臣(良経)家十題百首から出されたものだそうですので、何れも鎌倉時代(1185年頃~1333年)初期の作ということだそうです。

※①の句の「秋」に当たる字ですが(①・②・③とも敢えて別の字体にしている様なので)、読みは「あき」なのでしょうが、『流』の様にも見えてしまい不詳な文字です。
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(三首とも共通して「あきのゆうぐれ」で終わるので、変化を付けるために凝って使った旧字の様にも思えます)
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元字が何なのか私には自信がありません。
何方かお解りになりましたらご教授をよろしくお願いします。
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by Ru_p | 2012-10-06 12:59 | アート・コレクション | Comments(0)

良寛の和歌

10006
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わがやどを
和我也東遠
たづねてきませ
多川禰天幾満勢
あしひきの
安之悲起能
やまのもみぢを
也萬能裳美知遠
たおりがてらに
當遠利可轉良爾

釋良寛書



多くの知人に来訪を促す為に送った内容らしいのですが、使われている仮名の元文字を変えたり、改行の位置を変えたりというバリエーションが多かった様で、気まぐれな性格だったのでしょうか?<br><br><br><br><br><br>

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by Ru_p | 2012-07-05 08:16 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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