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芦雪の写生画

この画の題材にされた「和しのぶ」 は、秋に紅葉し、冬に枯れ落ち、春には芽を吹く多年生で、着生のシダ植物です。
コケ玉やヘゴ等の塊に根を張らせ、屋敷の軒下に吊して風流に観賞することが、江戸時代のお屋敷で流行っていたようです。

『吊しのぶと雀の図』 長澤芦雪 筆 14016 23.5x126  紙本墨画淡彩
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画のタイトルとしては『吊しのぶと雀の図』と呼ばれるべきでしょうが、しのぶの根は大胆に省略された勢いのある筆遣いで描かれています。更にこの画を見て視線が自然に向かうのは、汚れと見まがいそうな細かな蜘蛛だと思います。拡大してみると、風になびく糸の先の蜘蛛の精緻な筆遣いと、肉眼の限界とも思える観察眼に気付き驚かされます。
(足の線の太さは毛筆の限界でしょう)
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ユーモアとサービス精神に溢れた芦雪は、見る人が驚嘆するであろう細密部分を、さりげなさそうに描くことで、内心密かに誇らしくも悦に入っていた様な気がしてなりません。

それにしても、よくぞここまで描けたもので・・・








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by Ru_p | 2015-01-17 07:56 | アート・コレクション | Comments(0)

蒹葭堂の写生画

江戸時代のスーパー日本人であった木村蒹葭堂が収集した標本では、貝殻や奇石が有名なのですが、生体は保存の技術がなかったので、当然残っていません。その代わりに下の様に精細な写生画が残っています。

木村蒹葭堂筆 ガマガエルとカマドウマの写生画(色調・レベル等画質調整済み)
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木村蒹葭堂筆 トウモロコシ・ゴマダラカミキリムシ・ジョロウグモ・コオロギの写生画
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木村蒹葭堂の落款印章 「世齋の印」(白い胡粉絵の具使用か?)
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真摯に対象と向き合い、丁寧に筆を重ねることで、種の分類が可能なほどの細密な写生を行なっています。情緒や風情は無いかも知れませんが、江戸時代の日本にも、科学者の眼を以て森羅万象を見られる人物がいたという証拠ですね。
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by Ru_p | 2015-01-15 23:52 | アート・コレクション | Comments(0)

赤鬼の滝 (芦雪)

長澤芦雪筆 (不動七重滝の図) 14009 39x104
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画は、吉野からの大峰奥駈け道と呼ばれる熊野古道の一つが近くを通り、古くから修験道の聖地とされて来た大峰山脈の前鬼川にある、「日本の滝百選」にも選ばれている「前鬼山不動七重の滝」(吉野熊野国立公園の特別地域;奈良県吉野郡下北山村)の様です。
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ここの滝は、峠の道からも見えるのですが、好奇心の強かった蘆雪ならば、少しでも滝壺の近くにまで踏み入って写生しようとしたのではないのかと思われます。京都の一流絵師だった芦雪が敢えて険しい道を越えて、こんな奥地の滝を眺めに来ることには、既に大きな決断や覚悟を要していたことでしょうから。

前鬼川には、他にも三重の滝などがあり、それらの滝は、それ自体も信仰(山岳信仰と仏教が習合した修験道で)の対象だったそうです。
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この画の作画時期は、芦雪の南紀滞在中ではなく、彼の晩年に近い頃(落款印章の右上が欠けているので、満38歳以降;1792年~1799年の間)の様です。
おそらく南紀滞在中に実際に目にしてスケッチした画を持ち帰り、それを基に後日改めて描きなおした物と思われますが、基のスケッチが何時描かれたのかは、資料不足なので厳密には分かりません。
ただ、この画を見ていると、芦雪がこの険しい山奥にまで、自分の足を運んで自分の目で見たことは、確かなのだろうと思われます。(芦雪の足取りには謎が多いのですが、ここにも立ち寄った事の証拠には!/近景の樹木を見て、冬枯れの時季の様ですので、天明7年の冬、南紀から京都への帰路の途中と考えるのが合理的なのですが、となるとその道順は・・?)



滝の画は特に中世以降、李白が吟じた詩「望廬山観瀑」に憧れた日本の絵師達に好まれて、画題として盛んに扱われて来ました。(例えば、谷文晁もこれと酷似の構図の画をバーク・コレクションに見る事が出来ます)




※前鬼:
役行者が従えていたとされる「前鬼・後鬼」と呼ばれた夫婦の鬼の夫の方で、赤鬼として表されることがあるそうです。また、妻で青鬼ともされる後鬼は奈良県吉野郡天川村(直線距離で約20kmと近い)の出身とされているのだそうです。















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by Ru_p | 2014-07-06 14:16 | アート・コレクション | Comments(0)

猿曳き (その1)

猿と老人の図  円山応挙筆(「主水筆」 仲選印)  13008  51.7x110.1
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振り返りながら蝶を見上げる猿と猿曳き(猿廻し・猿遣い)老人の図です。おもしろい雰囲気の画で、絵師の人柄の穏やかさも感じられ、観ていて飽きないので気に入りました。
署名が「主水」・印章が「仲選」なので、真筆ならば、円山応挙(1733~1795;1766年以降没年までは応挙に改名)の30歳前後の作品なのでしょうか?(だとしても、今さら生き証人もいないので、誰も客観的証明は出来ません;全ての古い物の宿命です)。
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猿は蝶の動きに惹かれて振り返った瞬間らしく、跳びかかるべきかどうかの判断を下す直前の体にも力が入っていない状態の様に見えます。「あっ 蝶・・・! 」

人や猿の構図は、骨格や筋肉の仕組みをよく理解した人が構成したらしく、細部の描き込みも見事なのですが、蝶に関しては、柄などの描写(※)で幾らか曖昧さ見られます(応挙が「写生帳」等の観察記録を作ったのは30代の後半らしいので、この頃にはまだ博物観察への意識が不十分だったのでしょうか)。

虫を目で追尾させるという設定は、有名なブライスコレクションにも、これと似た構成でブライス氏のお気に入りの『猿と蜂』(森狙仙 筆)の作品があり、NHKの新日曜美術館でも紹介されていました。
その画の作者の森狙仙(1747~1821)は、応挙よりも14年後に生まれ、応挙から多くの影響を受けたそうなので、もしもこの絵が応挙の30歳頃の作品だとすれば、その頃まだ15歳前後だったはずの森狙仙が、これに影響を受けた可能性も十分に考えられ(唐絵からの影響も当然あるのですが)・・・と気持ちだけは江戸時代にタイムスリップしそうです。








※もしもマダラチョウ科だとすると、体に毒を持っているので、猿が本能的に補食をためらう反応をしたのかも知れませんが、この画から蝶を特定するのは難しそうです。


猿曳き老人の手や足の爪を見ると、小爪の色合いがとても健康的。おそらくは、若い応挙が自身の身体を観察して、それをも参考にして描いたからなのでしょう。
図らずも、応挙の自画像の一部となっていた・・? そんな見方も面白いですよね。











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by Ru_p | 2013-06-10 22:34 | アート・コレクション | Comments(0)

嵐山かな (芦雪)

花の嵐山 長澤芦雪 画/香川景樹 賛歌   13006 25x100

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山の所々に桜の花が咲く静かな嵐山の風景が描かれた、小品ながら叙情的で落ち着いた画です。

「歌界に新風を吹き込んだ」と言われる歌人の香川景樹(直木賞作家の志茂田景樹氏のペンネームの由来とか)による画賛の文から、嵐山は当時も観光名所だったので、シーズンには人々で賑わっていたことがうかがえます。

賛文を、七五調で多少文字の置き換えをすると、下記の様に読めるのでしょう。
残り咲く 花見し人は 散り果てる 夜静かなる 嵐山かな  景樹」

景樹は画賛から、芦雪の画を観て夜の(嵐山の)静けさを感じた、と言いたいのでしょうが、そのことで画が「夜景」だと決めてしまうのは早計の様な気がします。
画の墨色(松煙墨)と、賛の墨色(油煙墨)が全く違うので、景樹は、芦雪がこれを描いた時には同席しておらず、後日(施主から依頼されて?)画賛を入れた可能性が強いと考えられます(景樹がその名に改名したのが芦雪の没年の頃らしいことと、歌人としての名を高めたのが更に後らしいので、この画賛は芦雪の意図よりも、景樹の勝手な解釈で書き加えられた可能性が強いと思われます)。
人影は見えませんが、空も川も白く抜けていますので、芦雪は、まだ空の明るさの残る時間帯の光景を描いたのだと観るのが自然だと思います。薄墨が入らない桜の部分は淡く浮き立っていますが、観る者のイマジネーション次第で、明け方でも夕方にでも見えるのは、画の奥深さなのでしょう。

手前の渡月橋は、江戸時代元禄の頃から今と同じ位置だったのだそうですが、明治初期までは、狭くみすぼらしい、こんな木の橋だったのでしょう。(現在ではコンクリート製で大型車も通れる橋に変わっています)
橋との標高差が三百数十メートルある嵐山は、今と同じ位置なのでしょうが、松や桜は、何世代か前の物で、日本のさくら名所100選として選ばれる200年も前の姿なのでしょう。(現代の姿ともよく似た雰囲気を感じますが)

この画は、嵐山を北東側の少し高い場所から見下ろす様な視点で描かれていますが、この方角に山や丘は無いので、建物から描いたのだと思われます。

※その建物に関してネットで参考となりそうなページを見付けました。
それに依ると、この画の視点と思われる場所(右京区嵯峨天龍寺角倉町9付近)には、豪商だった角倉了以が1606年に邸宅を築き、その建物は江戸時代を通して子孫に維持されて来たのだそうです。2008年には、その遺構の保存品の中から芦雪の襖絵(「飲中八仙歌」の張旭の図)が新たに発見(翌年には京都市が文化財指定)されたのだそうです。(落款から「蘆雪晩年」:寛政後期頃の制作とのことです)


だとすると、芦雪が晩年、そこの襖絵の制作を依頼された時に、この『花の嵐山』も同じ場所で描いた(写生した)と考えるのが自然な推理かとも思われます。
豪商の邸宅で単独の制作活動と言うことは、既に応挙の没後(1796~1799年の春)だったのでしょうか。。

  ついでに、この画も「新発見」ということに・・・??
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by Ru_p | 2013-05-16 20:14 | アート・コレクション | Comments(0)

田植え(応挙)

農耕の図 藤原応挙(円山応挙) 筆    07037  49.5x74.0
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普通、田植えは夏の始めの今頃までには行われるはずなのですが、この画には「明和戊子季秋・・・」とありますので、きわめて遅い田植え風景になります(あくまでも、落款の記載内容が正しいことが前提の話ですが)。 

e0259194_142878.jpg江戸時代に「秋」と言ったのは、7~9月。この「戊子」の年は明和5年(西暦1768なので、和暦とグレゴリオ暦との差が丁度1ヶ月違う年で8~10月が秋)。
落款と言うのは画が完成した時の印しなので、現代の5~7月に相当する田植えの時期に何処かのフィールドでスケッチして、帰宅後に仕上げたのが秋(現代だと8~10月を指す)だった?とも考えられますすが、描き込み内容や四つ折りの跡は現場での写生のままの原画(普通の本画は、軸装を前提として縦長の構図にされるので、制作資料の下画としての扱い)と思われますので、その秋の写生だったかどうかは不明ですが、落款記入が秋だったのでしょう。(応挙はこの年35歳だったので、行動範囲を想定すると、二期作の行われた可能性のある温暖な四国の太平洋沿岸とも拡大解釈出来そうですが、真相はどうだったのでしょうか)

「写生派」と呼ばれた応挙は、四つ折りにしてB4判程のこの画を、実際に下絵としても使っていた様で、縦長構図で仕上げられた円山派の同じテーマで構成の画(この画が臨写の元と思われる)を見ることもあります。
この年の2年後の1770年頃には、有名な「写生帖(しゃせいじょう)」もほぼ出来上がっていたので、この時期の応挙は『写生』に明け暮れしていたことでしょうね。

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よく観察された人物の明るい表情の描写が好きな画です。
江戸時代の風俗画なので、いわゆる「浮世絵」(諸説定義があります)なのかもしれませんが、そう呼ぶのは違う気がします。

画に描く表情は、書き手に似るとも言われますが、どことなく応挙に・・・(※)
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【参考】※円山応挙肖像;『応挙と芦雪展』画集より「山跡鶴嶺 文化年間頃」
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by Ru_p | 2012-06-10 15:09 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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