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タグ:円山応挙 ( 5 ) タグの人気記事

どんな美女でも・・・

 美人訓  童元基筆   11003 絹本 41.5x116.5
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作者は、清時代の中国浙江省の絵師で、名を童元基、字は虎方。立山と号て長崎に度々来舶していた日本通だったそうで、数え年77歳(1833年冬)の作なのだそうです。
日本で依頼されて描いた為か、面白い事に下唇を緑色に染める『笹色紅』(紅花の紅を重ねて塗ると緑色に見えるらしく、塗膜で光が干渉する為の構造色かな?)と呼ばれる江戸時代中期に流行した化粧法になっています。

中国の絵師が描いた支那美人図なのですが、前漢時代の武帝の夫人なのでしょうか?(それとも唐時代の楊貴妃のつもりなのでしょうか?)。
亡くなった人の姿が煙の中に現れる『反魂香』と呼ばれる伝説上の香を焚き、幽霊が現れた時の様子と似ています(上質の反魂香は死者が蘇るという言い伝えがあり)。反魂香は江戸時代の日本で、読本や、妖怪画集の『今昔百鬼拾遺』、人形浄瑠璃・歌舞伎の『傾城反魂香』などの題材としてよく取り上げられていたそうです。
また、一種の降霊具として、日本の幽霊図の多くで幽霊とセットで描かれているようです。

ところで、よく見ると、この幽霊の描写では、足が煙に隠れて描かれていません。
円山応挙で有名な「足の無い幽霊の図」ですが、実は、応挙誕生の60年以上前に描かれた“花山院きさきあらそひ”という浄瑠璃本の挿絵の藤壺の幽霊や、他にも“死霊解脱物語聞書”や近松門左衛門の“傾城反魂香”などの挿絵などに足無し幽霊が出てくるそうです(江戸初期に描かれた“山中常盤物語絵巻”には足のある常盤御前の幽霊が出てくるそうですが) 。
未確認なのですが、土佐光起(1617~1691土佐派) の足の無い幽霊の画を森徹山(1775~1841円山派)が少くとも元禄の頃に模写した作品も(福岡の民俗資料館に)あるそうです。

美女は幽霊となっても、画や演劇の題材として永遠に生き続ける様ですね。




参考図 06009
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by Ru_p | 2015-01-02 08:35 | アート・コレクション | Comments(0)

猿曳き (その1)

猿と老人の図  円山応挙筆(「主水筆」 仲選印)  13008  51.7x110.1
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振り返りながら蝶を見上げる猿と猿曳き(猿廻し・猿遣い)老人の図です。おもしろい雰囲気の画で、絵師の人柄の穏やかさも感じられ、観ていて飽きないので気に入りました。
署名が「主水」・印章が「仲選」なので、真筆ならば、円山応挙(1733~1795;1766年以降没年までは応挙に改名)の30歳前後の作品なのでしょうか?(だとしても、今さら生き証人もいないので、誰も客観的証明は出来ません;全ての古い物の宿命です)。
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猿は蝶の動きに惹かれて振り返った瞬間らしく、跳びかかるべきかどうかの判断を下す直前の体にも力が入っていない状態の様に見えます。「あっ 蝶・・・! 」

人や猿の構図は、骨格や筋肉の仕組みをよく理解した人が構成したらしく、細部の描き込みも見事なのですが、蝶に関しては、柄などの描写(※)で幾らか曖昧さ見られます(応挙が「写生帳」等の観察記録を作ったのは30代の後半らしいので、この頃にはまだ博物観察への意識が不十分だったのでしょうか)。

虫を目で追尾させるという設定は、有名なブライスコレクションにも、これと似た構成でブライス氏のお気に入りの『猿と蜂』(森狙仙 筆)の作品があり、NHKの新日曜美術館でも紹介されていました。
その画の作者の森狙仙(1747~1821)は、応挙よりも14年後に生まれ、応挙から多くの影響を受けたそうなので、もしもこの絵が応挙の30歳頃の作品だとすれば、その頃まだ15歳前後だったはずの森狙仙が、これに影響を受けた可能性も十分に考えられ(唐絵からの影響も当然あるのですが)・・・と気持ちだけは江戸時代にタイムスリップしそうです。








※もしもマダラチョウ科だとすると、体に毒を持っているので、猿が本能的に補食をためらう反応をしたのかも知れませんが、この画から蝶を特定するのは難しそうです。


猿曳き老人の手や足の爪を見ると、小爪の色合いがとても健康的。おそらくは、若い応挙が自身の身体を観察して、それをも参考にして描いたからなのでしょう。
図らずも、応挙の自画像の一部となっていた・・? そんな見方も面白いですよね。











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by Ru_p | 2013-06-10 22:34 | アート・コレクション | Comments(0)

牛図の意味 ? (芦雪・応挙)

 長沢芦雪筆 牧童と牛の図(②)  07043  39x28
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芦雪は多くのユニークな牛の図を描きましたが牛と牧童の図の解釈としては一般的には「草刈り笛」など日本の昔話が有名です。( ↓ 師匠の応挙も描いています)

 円山応挙筆 牧童と牛の図  09026  39x109
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江戸時代の人は知識レベルが高く好奇心も旺盛で、見立て画での隠しテーマの存在を探したり深読みする事が好きでしたので、芦雪も別テーマの解釈を重ねようと試みた可能性があると考えるのも面白いと思います。

中国から伝わった「十牛図」と言う禅画では、牛と牧童との関係で、牛を心理(本来の自己)や悟りの象徴として、習熟の進み具合を10段階に例えて描いたのだそうです。

禅宗の教えとしてこの意味を知っていた芦雪が、牧童と牛の姿に、彼自身の画業習熟の域をも重ねて描いていた、と言う見方があったとしても面白いのではないかと思います。

動物好きの芦雪にとって、牛は好きな画題だった様で、他にも・・・

 牧童と牛の図(③)  15013 54x104
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by Ru_p | 2012-06-27 12:44 | アート・コレクション | Comments(0)

田植え(応挙)

農耕の図 藤原応挙(円山応挙) 筆    07037  49.5x74.0
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普通、田植えは夏の始めの今頃までには行われるはずなのですが、この画には「明和戊子季秋・・・」とありますので、きわめて遅い田植え風景になります(あくまでも、落款の記載内容が正しいことが前提の話ですが)。 

e0259194_142878.jpg江戸時代に「秋」と言ったのは、7~9月。この「戊子」の年は明和5年(西暦1768なので、和暦とグレゴリオ暦との差が丁度1ヶ月違う年で8~10月が秋)。
落款と言うのは画が完成した時の印しなので、現代の5~7月に相当する田植えの時期に何処かのフィールドでスケッチして、帰宅後に仕上げたのが秋(現代だと8~10月を指す)だった?とも考えられますすが、描き込み内容や四つ折りの跡は現場での写生のままの原画(普通の本画は、軸装を前提として縦長の構図にされるので、制作資料の下画としての扱い)と思われますので、その秋の写生だったかどうかは不明ですが、落款記入が秋だったのでしょう。(応挙はこの年35歳だったので、行動範囲を想定すると、二期作の行われた可能性のある温暖な四国の太平洋沿岸とも拡大解釈出来そうですが、真相はどうだったのでしょうか)

「写生派」と呼ばれた応挙は、四つ折りにしてB4判程のこの画を、実際に下絵としても使っていた様で、縦長構図で仕上げられた円山派の同じテーマで構成の画(この画が臨写の元と思われる)を見ることもあります。
この年の2年後の1770年頃には、有名な「写生帖(しゃせいじょう)」もほぼ出来上がっていたので、この時期の応挙は『写生』に明け暮れしていたことでしょうね。

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よく観察された人物の明るい表情の描写が好きな画です。
江戸時代の風俗画なので、いわゆる「浮世絵」(諸説定義があります)なのかもしれませんが、そう呼ぶのは違う気がします。

画に描く表情は、書き手に似るとも言われますが、どことなく応挙に・・・(※)
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【参考】※円山応挙肖像;『応挙と芦雪展』画集より「山跡鶴嶺 文化年間頃」
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by Ru_p | 2012-06-10 15:09 | アート・コレクション | Comments(0)

芦雪の美人画

 「楊貴妃図」    06046   56X122
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天明2年に円山応挙が描いたとされる「楊貴妃図」とほぼ同じ構図・構成(芦雪の「楚蓮香図」や、「呉美人図」を左右反転した図とも似た構図)ですし、実に上品で美しい顔です。

一説に、芦雪は三度も師の応挙に破門されたことが有ったそうです。
いたずら好きだった芦雪が自分の描いた美人画を師の応挙が描いた手本とを差し替えてしまい、気付かなかった応挙が自身の与えた手本の方に自ら手直しを加えてしまったのだそうで、その後、芦雪が自分の描いた画の方を見せると、応挙から褒められたのだそうです。芦雪は得意になってその事を周囲に自慢したのだそうですが、後にそれが応挙の耳に入り破門されてしまった。

と言う逸話が有り、いかにも有りそうな話ですが真偽は不明です。(三度も破門されたのなら、三度も許されたと言う事なので、師に大変に可愛がられていたと言う事になりそうです)

応挙は、写生画は得意でしたが、美女の画は必ずしもそうとも言いきれなかった(表情豊かで魅力的な美人画の現存が意外に少ない)ような気がします。その面で芦雪の技量が幾らか勝っていたとしても必ずしも不思議ではない気がします。

世界三大美女のひとりとされ、誰もが目にしてみたいと思ったに違いない楊貴妃;本名は楊玉環、西暦745年26歳の時に、中国・唐の玄宗皇帝の妃となり、国を傾けるほどの美貌だったと伝わっています。そんな絶世の美女は写生の対象ではあり得なかった訳ですが、人や動物をとことん愛する才能に長けた芦雪ならばこそ、常に冷静な目だった応挙には見えない何かが見えていたのかもしれません。
当然師の手本から何かを写し取って完成させたと思われ、例の「破門」の原因となったその美人画を基に、この画が描かれた可能性も十分に・・・・・・・・そんな空想をするのも、夢の有る楽しみ方だと思います。

楊貴妃の後ろの樹が中国原産の海棠だとすると、時季的には数週間過ぎてしまった様ですが、春の心地良い空気が感じられる大好きな画です。





長沢芦雪 筆「楊貴妃図」(蘆雪写意)の顔部分
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※楊貴妃の体型は一説に、 身長164cm 体重69kg のポッチャリ系だったそうで、
「長恨歌」(白居易)には「雲鬢花顔金歩揺」とも形容されているそうです。












【参考1】 円山応挙 筆「楊貴妃図」(天明二年)
          (NHK「知るをたのしむ」放送画面より「個人蔵」)
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【参考2】 長沢芦雪 筆「呉美人図」(東京国立博物館より)

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【参考3】 長澤蘆雪 筆「楚蓮香図」(「個人蔵」府中市美術館画集より)
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by Ru_p | 2012-05-31 16:24 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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