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表装は楽し・・・(2)

先日、某工房にて、大好きな井上有一作品の表装作業を、手伝わさせてもらいました。
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井上有一さんは、多くの作品で、墨跡を意図的に強調する為に「ボンド墨(※1)」と呼ばれる特殊な墨を工夫して使っていたそうです。また、紙も、滲みを面白く活かす為でしょうか、意図的に紙の裏(荒い方の面:紙を漉いた後で乾燥板に張る方でない面)に書いていた様です。

まず、古くてシミや汚れのある作品の、既存の裏打ち(肌裏まで)を剥がし、状況を確認します。
作品によっては、裏打ちに安易な熱圧着タイプの糊や化学糊(伝統的な正麩糊などに対する近代の合成接着剤の呼び方)が使われてしまっていてキレイに剥がせない場合もありますが、これは、幸いにして正麩の薄糊だったらしく、乾燥状態でも容易に剥がせました。(もしも剥がせない接着方法の場合、残念ながら修復が難しいので、遠からずゴミとなる運命に・・・)

作品の端部から裏面にまで、溢れた「墨」が回り込み、分厚く固化した状態の部位では、裏側の分のみを削って(作品として見えなくなる部分ですので、やむを得ず)除去します。
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本紙のみの状態に戻したら、敷紙(今回はレーヨン紙)の上に伏せて、本紙裏面から加湿して全体を潤ませ、皺などを整形する作業ですが、文字の部分に墨が厚く固まってしまっているので、なかなか均等には潤みが進みませんでした。ただ、そこで余分な成分が溶け出して滲む事がなかったのは幸いでした。(破れや、特に「墨」の部分での筆圧によると思われる穴・捲れ・撚れ等があったりしますが、ここでは丁寧に解き、局部的に整形修正して、なるべく均一な平面に直します:吸い込みの良い紙では、墨の水分による吸湿と乾燥とで、数パーセントの伸縮がありますので、文字などの墨の多い部分では引き攣った様に歪み、無理矢理平面に張り付けると皺や破れとなります

新たな肌裏には、機械漉きで薄い紙(国内産楮)。増裏には、少し厚い炭酸カルシウム入り楮紙(本紙の酸性化による脆化を予防して、耐久性を増す事が目的ですが、直接本紙に触れることは避け)を使い、裏打ち後は表側の敷紙を直ちに除去してから置き敷き乾燥させ、数日後、周囲に糊を塗って仮張りの板に張り伸ばして、乾燥を待ちます。

普通は、この段階で経年によるシミや汚れの多くが抜け去り、キレイで平らな状態に戻りますので、それが表装作業でのひとつの醍醐味かもしれません。


今回は、金沢21世紀美術館にて2016年1月から展示される(全206点の有一作品群の一部として出品される)ことになるそうなので、掛け軸ではなく、パネル張りとします。
本紙サイズに合わせて特注制作したパネル材の表面には、砥の粉等の付着物が着いた状態なので、十分に水拭きで落とし、アクの染み出しを防ぐ為に、裏表ともに薄めた柿渋(伝統的な防水材/裏側にも塗るのは乾燥による反りを防ぐ為や木材から発生するガスの影響を抑える目的も)を塗り数日間乾燥させます。
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パネル材の表側全面に、炭酸カルシウム含有(※2)の楮紙小片をベタ張りした後、薄肉厚楮紙小片を袋張りし、加湿した本紙(裏打ち済み)の周囲に糊を塗って張り込み、電気ゴテで周囲を固め、乾燥を待ち、棹縁を廻して固定すれば完成となります。

美術館での展示は、かなり暗い条件となるらしいので、もしも、パネル張りでのこれらの中間作業が、殆ど省略されていたとしても、来館者には、何も気付かれないのかもしれませんが、見えない部分の品質には、携わった者にだけに判る自信や自負があり、まるでドラマに出てきそうな、ちょっと希少なこだわりの世界がまだ残っていて ・・・たのし






※1 「ボンド」は、接着剤の商標で、「つなぐ」・「結ぶ」の意味を持つ単語ですが、一般的には水溶性で酢酸ビニルなどを主成分とする「白ボンド」を指す事が多いと思われます。ただ、それを墨に混ぜた場合、大切な筆の洗いでの保守作業(有一さんの場合は奥様が担当されていました)が難しくなることや、酸性化による筆や紙の劣化を進めてしまうので、実際に有一さんがそれを長く使い続けていたとは考え難い事です。今回採取した墨の欠片は大切に保管してありますので、いずれ組成の分析も可能でしょう。

※2 炭酸カルシウムを含ませた紙は、主には紙を白く見せる事と、透けを防ぐ為に不透明感を増す事が目的で使われています。但し今回の様に、下張りとして使う理由は、遠い将来の事をも見据えて本紙の酸性化による脆化の劣化を予防する目的です。優れた文化財の寿命は、人間のそれよりも遙かに長くあるべきなので、その様な配慮が必要となるのです。




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by Ru_p | 2015-11-19 19:13 | アート・コレクション | Comments(0)

良寛の五言律詩


  11010
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生涯懶立身 騰々任天眞 嚢中三升米 爐邊一束薪
誰問迷悟跡 何知名利塵 夜雨草庵裡 雙脚等間伸
                         良寛書



生涯身を立つるに懶(ものう)く 騰々(とうとう)天真に任す 嚢中(のうちゅう)三升の米 炉辺(ろへん)一束の薪(たきぎ)
誰か問わん迷悟(めいご)の跡 何ぞ知らん名利の塵 夜雨草庵の裡(うち) 雙脚(そうきゃく)等間(とうかん)に伸ばす

立身出世に興味無く この本性に生きたのだ ズタ袋には米三升 薪は炉辺の一束か
迷や悟は聞くだけ野暮よ 金もいらなきゃ名誉もいらぬ 足を延して安臥 夜雨の極楽


相変わらず改行の位置に無頓着なので読み難いのですが、文字は見事!
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文字を『読んで』理解してもらうことが目的なのではなく、ただ書くことを愉しんだ。ということだったのでしょうか?







前衛芸術という意識で見れば井上有一の書にも通じる精神性を感じます。
戦後いち早く入手し愛読していたとされる良寛さんの詩集を題材にして『井上有一』は何点も作品を残しています。その中で、上の詩の作品(1960年制作で、木炭描き;元となったと思われる良寛さんの詩の28~30文字目が23~27文字目と入れ替わっている様ですが、全体としての意味は大きく変わることはありません)では、その精神性を受け継いで・・・おそらく良寛さんには共感を覚え、強い影響を受けていたからでしょう。

e0259194_10141450.jpg          【参考】(カタログレゾネ『全書業』第一巻189頁のCRNo.60059より)


























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by Ru_p | 2012-07-04 07:11 | アート・コレクション | Comments(0)

井上有一 が

某ビル地下に展示されていた作品を撮影してしまいました。。
e0259194_20561321.jpg
 『戒(カイ)』  (カタログレゾネ 『全書業』 Vol.3 による CRNo.82029) 

勢いのある書きっぷりはサスガなのですが、有一さんにしては珍しく上質な墨と紙で素直に読めそうな文字です。(若い頃に、画家を目指そうとした事も有った彼の作品には、抽象画の様にしか見えない『書』も多いので)

これは、23回の「狼涙忌」(有一さんの命日1985年6月15日を偲ぶ法要)の時に南池袋の日蓮宗法明寺に掛けられていた軸なのだそうです。
制作時の1982年には既に体力が衰えて来たためか、それ以降一字書の制作が減ったり、衰えた体力でも書ける画数の少ない「上」などの文字(毛筆が減り、木炭やコンテの作品が増え)に変わって行った様です。

 有一さんがよく使っていた墨は、筆の軌跡を残すために「ボンドを混ぜ冷蔵庫で一晩冷やした荒い粒の物」だったそうですが、上の軸では真面目な松煙墨(※)です。
また、この紙は今は作られなくなってしまいましたが、ヒマラヤ中腹でしか採れない植物『ロクタ』で作られた当時特殊だった輸入品のチベット紙。その昔有一さんの崇拝した弘法大師も使っていたとも言うことで、有一さんはさぞや気を引き締めて書に臨んだのではないかと思われ、それゆえか比較的読み易い字にも見えます。(ロクタの紙は、チベット密教の経典などにも使われて来た紙だそうです)
チベット紙は、他の有一作品では『杉』など僅かしか使われていませんが、それ等には比較的デフォルメの少ない文字が多いことにカタログレゾネ『全書行』を見ていると気付きます。(チベット紙では、1981~1982に縦横60センチ前後の1サイズのみで書いていた様です/収入の殆どを高額な紙や墨に費やしてしまい、生活には困窮していたのだそうですが、協力者だった奥さんの理解と努力が支えていた様です)

有一さんは生前、自からが半生で書き貯めた全作品(全書業にある「3237点」の作品とその他の・・)を、美術評論家で友人の海上雅臣氏に潔く託しました。海上氏はそれ等を十年間掛けて、カタログレゾネ『全書業』(全三巻)としてまとめたのだそうです。(全作品のレゾネが存在する作家は世界的にも他に類を見ないのだそうです;作者の遺志で全作品として載せられたので、それ以外の墨跡は自分の作品と認められずとも構わないと言う意味なのだそうです;近年実際にそれらしい偽筆が多数出回っているようですので更に重要な意味を持って来たようです)

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これに掲載された作品の何割かは、残念ながら既にこの世から失われてしまったらしいので、今後はこのカタログレゾネだけでしか見られない作品も数多いそうです。
(カタログレゾネ『全書業』は、出版時に僅かな限定数以外、予約指名での頒布だったので、今では入手が極めて困難ですが、井上有一の研究には必須の資料です/まだ、コンピューターが製本に普及する前だったので、編纂は大変な苦労だった事でしょう)

有一さんの書は、その時の気分だけで筆を運んだ訳ではなく、その字の形を幾つも下書きして設計図を作り、納得してから清書に臨み、気に入った物だけを数日間検討した後更に絞ると言う手順を踏んでいたので、数十分の一しか残さなかったことが日記にはあるそうです。


漢字の発生段階には必ずしも問われる事が無かったのに、今日の「書道」では当然の様に追求される「書き順」は、一度身に着いてしまうと、常に縛られてしまい、自由な「表現」の為に敢えて破る事は、「書の解放」を訴え続けた有一さんにとっても、さぞや難しかった事だろうと思われます。(一般的な墨跡を見ると、書き順が先になる部分はその後に重ねた筆跡よりも手前に見えます。これは、一瞬でも先に紙に触れた墨が染み込んでしまうと後からの墨を紙が吸い込まない為、その跡は濃く見えなくなるという性質に依ります。ですから、この見方で、墨跡の書き順を知る事が出来ます。ところが、有一さんの「ボンド墨」の場合には、紙への吸い込みが妨げられている様で、後から描いた部分が上に見えるという現象が起こっています)

この『戒』(カイ)という字は『戈』が矛の様な武器で『廾』は両方の手の形を表わすとか、

・・・・・好きな作家の、気に入った作品の一つです。   












我々から見れば文字なのですが、漢字圏外の人から見れば、抽象画なのかな・・・





【参考】
ロクタ紙(チベット紙)の作品を接写してみた画像
e0259194_19232808.jpg
紙の漉ムラなのでしょうが、それが作品を面白く見せ・・・


※松煙墨:松を燃やした煤と膠を原材料として使い、表面がマットで墨色が清々しく、淡墨でも趣があるという特徴がある様です(松の育った場所の条件により、鉄分などの含有量が多いと、赤味が増すなど、墨色に変化は有ります)。昔は、その原材料の松は非常に安価で入手が容易でしたが、今日では逆に入手が困難になってしまい、製墨業者も新に作ると採算が合わなくなってしまうそうです。
それに対して、油煙墨は、原料に(以前は)割高だった菜種油などの煤と膠で作られ、黒が濃く艶が有る様に見える特徴があるので、帳簿や写経・公式書類など濃墨で使われる事が多かった様です。
ただ、実際には、製墨業者が「油三・七松」と言って70%近くまで松煙僕を混入して納入しても気付かれないと言われていたので、混ぜて作られた墨が多く、材料を厳密に見極めるのは、難かしい場合が多々あります。
近年は、安価な重油の煤が多く使われる様になり(これは油煙墨とは呼ばない)ましたが、もう一つの原料である良質の膠の供給量が激減してしまい、古い時代の墨は、急激に得がたくなって来た様です。













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by Ru_p | 2012-03-16 12:08 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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