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アイヌの画

蝦夷狩猟図    08035
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蝦夷風俗図    10047
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上段の画は比較的新しそうで、江戸末頃の様です。落款は「海龍」と見えますが不詳です。
背景には、山頂までは針葉樹が描かれていない山があり、(北海道と思われる)広大な風景です。
親子と思われる二人が追っている獲物はエゾ鹿でしょうか?視線が上のほうを指しているので大物の予感が有ります。大らかな雰囲気の躍動感のある構図なので、見ていて元気がもらえる好きな画です。
(手前の若者の走り方が、現代人の形と異なり、左足と左肩を同時に前に出すいわゆる「ナンバ走り」になっているのが画像での風俗資料として貴少)

下段の画はもう少し古そうで、江戸中期でしょうか、落款印章には「常〈?〉」「古柳」の文字が判読出来ます。
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(これは、函館市中央図書館デジタル資料館にても酷似の印章の画が見付かります)

女性はかなり若い娘なので、親子(か孫)なのでしょう。額から紐で荷物を支える姿や、大きなピアス、色違いで揃いの模様の衣服に新鮮な印象を受けます。
男性の右手の弓が比較的小さいので、トリカブトなどの毒矢で近距離の獲物を射る為の仕様のように思われます。素足が基本だった様ですが、寒さやケガ対策がどうだったのか気になります。


日本人にとって、いろいろな意味での源流の一つがアイヌ民族に有ったのだと思われますが、歴史的には劣勢な立場に追い込まれ、文字を持たなかった彼らの文化の多くは既に失われてしまったようです。
『縄文人』と係わりが深いと言われ、日本からロシアにかけての先住民族であり、独立した言語を持ちながらも、渡来した『弥生人』の「討伐・虐待・蔑視」に追い詰められ、次第に『日本人』として融合・同化・吸収されてしまったそうなのですが、学校教育では「坂上田村麻呂の蝦夷討伐」以外には殆ど触れられませんでした。
今となっては北海道・東北の地名の中で僅かに片鱗を残す程になってしまいました。

宮崎駿監督の有名なアニメ作品「もののけ姫」の中のアシタカとその村人達がアイヌ風に描かれている印象はありますが、特にその解説もなかった様なのが寂しいです。

このままだと日本人の記憶からも消えてしまうのかも・・・・








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by Ru_p | 2012-12-27 16:39 | アート・コレクション | Comments(0)

神聖な白象

 三佛斉白象朝貢図    06045
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白象は、突然変異(アルビノ)で生まれることが有ったのでしょうが、大変珍しかったようです。
中国や東南アジアでは、お釈迦様の母親の摩耶夫人が懐妊する前に、白象が胎内に入る夢を見たと言われることからも、神聖で稀少な生き物として大切に扱われて来たそうで、その意味ではこの画は『仏画』になるのかも知れません。(落款には「土佐守藤原光貞筆」)
8世紀頃東南アジアに在ったと言われる「三佛斉」から中国宋への朝貢貿易で贈られた『白象』(と、それを運んだ人々)の画を、江戸時代に日本の絵師が模写したものと思われます。
謎の三佛斉の人たちの衣服ですが、伝統的なインド更紗のようで、なかなかオシャレだと思います。
象も当然『インド象』でしょうから、「インド」とのきわめて深い繋がり(交易の盛んさ)を感じます。

(参考画像 1)
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また、釈迦三尊の脇侍(または単独でも)描かれる普賢菩薩の乗物としても有名です。
(参考画像 2)    06050
無落款 普賢菩薩騎象図
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象が思いの外小さいのは、「小象」だからでしょうか、それとも見たことが無かったからでしょうか。
ピアスをされているのは、愛されていた証拠でしょうね。


(参考画像 3)   06058 
無落款 江口の君図(見立て普賢菩薩:肉筆浮世絵)
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新古今和歌集の巻第十にある西行法師と遊女との問答歌が、観阿弥の謡曲「江口」として世に広まり、多くの絵師たちが題材として取り上げるようになったそうです。
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by Ru_p | 2012-12-23 19:06 | アート・コレクション | Comments(0)

月岡雪鼎の浮世絵

 久米仙人の図 ① 月岡雪鼎筆  07005
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『久米仙人(くめ の せんにん)』は、天平時代の奈良にいたとされる伝説上の人物で『今昔物語集』『徒然草』等にも記述があります。
仙人の修行を積んで空を飛ぶ術を行っていた時、川辺で洗濯する若い娘の白い太ももに見惚れてしまい、神通力を失ない地上に墜落してしまったのだそうです。
後に、その娘を妻にしたり、久米寺を建立して幸せに暮らしたとか、実に人間的なキャラクターなので親近感を覚えます。
画が古いので顔や手の胡粉(白い絵の具)の剥落は目立ちますが、娘の容姿にはとても色気を感じます。

この画を描いた月岡 雪鼎(つきおか せってい;1726年~1786年)は江戸時代中・後期の上方で活躍した浮世絵師で、肉筆浮世絵の美人画を多く描いた事で知られています。(春画の名手」とも言われていたそうで、どうりでこの艶めかしさにも納得です)

右下の落款に「法橋 月岡雪鼎」(法橋は僧位の一つ)とあるので、その位に在任していた1765年6月~1778年3月の間の作と思われます。

参考に、同じテーマの画を下に載せます。
 久米仙人の図 ②   (作者不詳)  07003
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時代は更に古そうなのですが、無落款です。

こちらの画では、仙人の履き物(正倉院の宝物の中の『衲御礼履』に似た形をした『靴』状)や衣装・髪型などが非常に変わっていて興味深いです。また、洗濯をする娘の大胆な姿や長過ぎて洗濯には不向きな着物にも特徴があります。
何れにしてもこの題材が当時(おそらく江戸中期頃)それなりに人気があったと言うことなのでしょう。
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by Ru_p | 2012-12-19 18:18 | アート・コレクション | Comments(0)

蒹葭堂の画 (の3)

木村蒹葭堂筆 玄徳訪司馬徽山荘の図(三顧の礼)
06006
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右下に「遜斉」の落款と「天明壬卯仲秋」とあるので、(真作と仮定して)西暦1783年9月頃;蒹葭堂46歳の作と思われます。


中国の『三国志』で劉備玄徳が諸葛亮孔明を迎える際に、徽山荘という住処を三度訪ねて説得したと言われる話に基づいて、途中で地元の娘さんに道を尋ねている場面を描いたものでしょうか。
幼い頃から一流の絵師(柳沢淇園・池大雅等)について中国絵画の模写をしてきた成果もあるのでしょうが、蒹葭堂の作品の中では特に丁寧に描かれたものに見えます。
この頃の日本は中国文化に憧れを抱いていた時代だったので、おそらく流行の題材だったのだと思います。


職業絵師ではなく余技として画を嗜んでいた「文人」の蒹葭堂は、当時大名の伊勢長島城主増山雪斎とも懇意にしていたようですし、生活には恵まれていたようです。(世間では「天明の大飢饉」によって、多くの餓死者も出ていた時期だというのに・・・)


画の技量はそれなりに巧いのですが、女性の描写では(即物的な見方をする性格だからなのか)色気が少し足りないような気がします。その辺りは例の応挙とかとも共通する一面(真面目さ?)を感じてしまいます。
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by Ru_p | 2012-12-15 04:11 | アート・コレクション | Comments(0)

蒹葭堂の画 (の2)

木村蒹葭堂筆 墨竹図
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不願與梅癯常思与竹直自含
細々香々改青々色

天明 甲辰 竹酔日 巽斉龔写


と書かれているのだと思われます。

この日付は、天明4年の「竹酔日」は、西暦1784年5月30日のことで、蒹葭堂47歳の頃の作品の様です。
(竹酔日は、中国で、竹を植えるのに適する日と言われていた陰暦5月13日を指すそうです)

画賛の漢詩書には油煙墨、竹の画には藍を含んだ松烟墨とが使い分けられています。
ここでも、多くの書風・画風を使い分けられる木村蒹葭堂の多芸多才ぶりを見る事が出来ます。
この様な墨画は画が書のように、書が画のように見へるところが面白いと思われます。
(さぞや、几帳面な性分だったのでしょうね)









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by Ru_p | 2012-12-14 14:57 | アート・コレクション | Comments(0)

蒹葭堂の画

木村蒹葭堂筆 墨蘭図
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この蘭は中国産シンビジウムの一種で一茎多花性の「蕙」と呼ばれる有香の品種であったと思われます。

この様に水墨で描いた蘭を墨蘭といい、墨竹・墨梅とともに北宋末の文人が始めたもので、良い香りを発する蘭は、優れた人徳の喩えにも用いられたのだそうです。また、東洋蘭の鑑賞ポイントは、古くから花よりも葉の優美な曲線の面白さにあるとも言われて来ました。
江戸時代の日本では、蘭の画は大陸渡来の墨蘭図を、筆遣いの練習のために写す事が殆どで、この「蕙」の実物を愛でる機会はまだ少なかったはずですが、蒹葭堂ならばそれを取り寄せ間近に見て写生する機会があったのではなかっかと推測されます。

蒹葭堂は無類の蒐集家であったらしく、書画・骨董・書籍・地図・鉱物標本・動植物標本・器物などの大コレクターとして、中国・朝鮮にまでもその名を馳せていました。(木村蒹葭堂の客観的情報に関しては、ウィキペディアの説明参照をお勧めします)。
好奇心旺盛で、多趣味で、並外れた博学多識で、画も書も上手な「日本の文人」であり「スーパー博物学者だったので、その知識や収蔵品を目当てに始終遠方から様々な文化人達が彼の元を訪れていたそうです。
その幅広い交友関係は、『蒹葭堂日記』と呼ばれる彼自身の記録により、延べ9万人にも上ったという来訪者の数からも伺うことが出来ます。(近年「知の巨人」と評される事が多くなったそうですがその知識欲は、鎖国中の江戸時代にあっては、まさに「驚きのの知の超人」とでも呼ぶべきかな)

蒹葭堂はこんな蘭図以外にも、文人画風山水画でもそれらしい空想表現をしていますし、博物標本等のスケッチを見ると、厳密な観察眼と緻密な表現力をも持っていたこともわかります。更に、書を見ても、状況に応じて多くの書体や筆致を使い分ける事が出来ていたようで、画風も書風(?)も、幅広い器用さを持ち合わせていたように見えます。この事が多くの層の人達と上手に付き合うことが出来た才能であり秘訣だったのかも知れません。


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by Ru_p | 2012-12-14 12:47 | アート・コレクション | Comments(0)

白隠の禅画

 楊柳観音図   10002     42.5×121.0
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観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度
一切苦厄舎利子色不異空々不異色々卽是空々卽是色受想
行識亦復如是舎利(子)是諸法空相不生不滅不垢不淨不遝不
減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意無色聲香
味觸法無眼界乃至無意識界無々明亦無々明盡乃至無老死亦無
老死盡無苦集滅道無智亦無得以無所得故菩提薩埵依
般若波羅蜜多故心無罣礙無罣礙故無有恐怖遠離一切顛倒
夢想究竟涅槃三世諸佛依般若波羅蜜多故得阿耨多羅
三藐三菩提故知般若波羅蜜多是大神咒是大明咒是無上咒是
無等等咒能除一切苦真実不虛故説般若波羅蜜多咒卽説咒曰
羯諦々々波羅羯諦波羅僧羯諦菩提娑婆訶
明和 第二乙酉佛成道日
   沙羅樹下老衲書拝写


賛文は旧字体の『摩訶般若波羅蜜多心経』(いわゆる般若心経のこと)ですが、よく見ると3行目の8~9文字間に「」の字が脱字。(この位ならご愛敬だと思われますね)
文字には意図的とも思われる濃淡の変化があり、無味乾燥と思われがちな経文に景色を与えている様にも見えます。墨には「藍墨」が使われている様です。



白隠さんは多くの観音図を描き残していますが、このお顔は優しく穏やかだと思います。(こんな感じが理想のタイプだったのでしょうか)
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楊(柳)の枝を挿した小瓶で象徴される「楊柳観音」ですが、この枝には悪病を祓い清める力があり除病するのだそうで、そのことが般若心経と関連の深い『陀羅尼集経』にも見られるそうです。
また、職業絵師ではなく、僧侶であった白隠さんは『内観法』と呼ばれる独自の健康法(今でも多くの人が続けている)を考案・提唱した人なので、それとも関連があって、この観音を頻繁に描いたのかも知れません。

アニメチックで敢えて下手くそ風にデフォルメを強調した画風は65歳以降のものですが、それによって更にインパクトが強まった様に感じられます。年代的に見ると、後の仙厓さんや更に下った芦雪辺りにも大きな影響を与えたと考えられ、興味深いです。


「明和 第二乙酉佛成道日」は明和2年で旧暦12月8日で西暦1766年1月。この日付は満80歳頃で、亡くなる3年前になるようです。

※白隠慧鶴(はくいんえかく)
  1686年1月19日(貞享2年12月25日) - 1769年1月18日(明和5年12月11日)
 『沙羅樹下』は60歳頃以降使われるようになった白隠さんの号。
 『老衲(ロウノウ)』とは老いた僧という意味。
 『佛成道日』は12月8日で、お釈迦様が悟りを開いた記念日。


 辞世の言葉には 「 一たび死ねばもう死なぬぞや 」 というのが・・・







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by Ru_p | 2012-12-13 08:45 | アート・コレクション | Comments(0)

仙厓の禅画

『倹約』と『えびす』
09011
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儉約ハ 鯛一枚て 恵美須講 仙厓
(倹約は鯛一枚で恵美須講 仙厓)

恵美須(えびす・恵比須・恵比寿・戎・胡須・蛭子須とも)講は、地域によって異なりますが、五穀豊穣・大漁祈願・商売繁盛等を祈願・感謝して、たくさんの縁起物や食材を売り買いして祝う祭りとして、所定の日に行われた民間信仰の行事だったそうです。
ところが、江戸時代には度々御上から、華美や贅沢を規制する『倹約』令が出され、庶民生活が厳しく取り締まられる事態が起こりました。

美味いものも食べて楽しみたいと願う庶民感情を、押さえ付ける御上の威光には誰しもがうんざりしていましたが、反論が許されなかった時代。「(贅沢品の鯛であっても)一枚ならば(数が)倹約」と言う主張(方便・詭弁?)を恵比寿様(七福神の一人)に言わせた画なのでしょうか。なぜ恵比寿と鯛の画が『禅画』なのか、諸説あるのですが、よく納得出来ていません。(とにかくは天晴れ!)
画が上手いと評判だった仙厓さんなのに、ある時から敢えて画風を下手くそ風に変えたそうで、その辺にも『禅』が絡んでいそうです。
(一説に、恵比寿さんの持つ一枚の鯛には「乱獲」しない資源保護によって、自然と共存する事の重要性を解こうという意味もあるとか・・・ )



ウィキペディアには
仙厓はその奔放な生き方をもって知られており、狂歌も多く詠んだ。有名なものとしては、美濃国において新任の家老が悪政を行ったことに対して「よかろうと思う家老は悪かろう もとの家老がやはりよかろう」という狂歌を詠んだ。後に美濃国を追放された際には美濃国と蓑を掛詞とし「から傘を広げてみれば天が下 たとえ降るとも蓑は頼まじ」とうたった。
とありますので、信念を持って権威を恐れない人だったのでしょう。そんな仙厓さんの辞世の言葉は「死にとうない」だったそうです。権威ある高僧としては思っていても言い難いはずの言葉なのに、敢えて後世に残すところが、恐れ入った人物です。

※仙厓義梵(せんがい ぎぼん)は寛延3~天保8(西暦1750-1837)江戸時代の臨済宗古月派の禅僧で画家。美濃国武儀郡で生まれ、月船禅彗に師事。博多の聖福寺の住職を二十年務め、多くの洒脱・飄逸な絵画(禅画)を残し、多くの庶民から慕われ愛されていました。


優しそうなエビスさんの表情とオチャメな鯛の目がとてもステキです!
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by Ru_p | 2012-12-10 05:43 | アート・コレクション | Comments(0)

杭州寒蘭開花

この冬初となる杭州寒蘭が、開花しているのに気付きました。
先月傾頭を確認した株はまだ開いていませんでしたが、この無銘の青花(M-40)が追い越して咲いていました。
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シーズンにだいぶ遅れてますが、嬉しいです。

それにしても、今年は遅・・
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by Ru_p | 2012-12-09 19:04 | 東洋蘭 | Comments(0)

蓮月の和歌(その6/画)

自画賛
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うの花の さける垣ねの 朝しめり 山ほとときす 一聲もかな

      蓮月


「卯の花の 咲ける垣根の 朝湿り 山時鳥 一聲もかな」だと思いますが、これにも類似の句がネットで見つかりましたし、似た画も有りました。
「卯の花の さける垣根の しめり 山ほとゝぎす 一こゑもがな」で、一文字だけ違っています。「夕」よりは「朝」の方が露で湿り易い気がしますので、そちらは早い時期の作なのかも知れません。
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by Ru_p | 2012-12-09 17:44 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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