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胡錫珪の美人画

①仕女図 (06013)
e0259194_6185169.jpg

胡錫珪が特別な想いを込めて描いたのではないかと思われるこの画、実に優雅で惹かれるものがあり、気に入っています。
秋風の中に佇む女性を視た画家の心が全ての背景を消し去ってしまったようです。

胡錫珪(字;三橋)は清朝(1644年から1912年;日本で言うと江戸時代頃)末期の中国蘇州の人(1839-1883)で、若くして亡くなったのであまり多くの画は紹介されていませんが「仕女圖」(宮廷婦人の画)には特に定評があったようです。


②仕女図 (09044)
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参考用ですが、宮廷内での、別のモデル?・・と思われる画。

②の背景に似た部屋でこの詩を画賛とした画は他にも何枚か描かれたようです。

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 瑟瑟秋風響畫廊

 敲棋應覺子聲涼

 阿儂心事君知否

 獨對青鐙不卸粧


       三橋 










































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by Ru_p | 2012-10-27 07:49 | アート・コレクション | Comments(0)

女三宮と猫

「源氏物語」に登場する 光源氏の二人目の正妻となった幼な妻の女三宮が子猫を曳く姿は、古くから多くの有名絵師たちに画題として取り上げられて来ました。

①肉筆浮世絵;女三宮と猫(無款)11009
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②参考肉筆浮世絵;見立て女三宮と猫(無款)06033
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③肉筆浮世絵;女三宮と猫(山口素絢画)06067
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この女三宮と猫は紫式部の作った物語に登場する架空の存在なのですが、構図の発想としてはとても優れていて、カワイイものだと思います。時代や地域によって美女の評価基準が違っていて当然で、江戸時代の人が想像した「平安美人」なのでしょうが、初々しく実に魅力的に描かれています。

この猫、「唐猫(中国の猫)」だったのだそうですが、中国の猫は、仏教がインドから伝わった際に経典を鼠から守るために一緒に移入されて来たのだそうです。また、日本へも、奈良時代頃その中国から移入されたのだそうです。

とすると、猫は生きた『文化遺産』と・・・











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by Ru_p | 2012-10-23 19:44 | アート・コレクション | Comments(0)

杭州の花芽も

杭州寒蘭でも見付けましたよ
e0259194_12411047.jpg


昔のタイプ(1980年代に日本に入ってきたもの)に似て細葉系で殖えにくそうですが、鮮やかな色のとても趣のある赤花で武夷山方面の産のようです。花芽にも多少はその雰囲気が感じられる様な気がしませんか?
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by Ru_p | 2012-10-13 12:49 | 東洋蘭 | Comments(2)

花芽進捗

今年の寒蘭の花芽は暑さが続いた影響で全体的に遅れていますが、
紫秀蘭(邱北寒蘭)で一鉢だけ早そうなのがありましたので
e0259194_1234662.jpg

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by Ru_p | 2012-10-12 19:44 | 東洋蘭 | Comments(0)

謎の丑の刻参り

烏天狗が呪詛に向かう女性に襲い掛かる大胆な構図の肉筆浮世絵 08062
e0259194_14133396.jpg

江戸後期頃の作だと思われ、落款署名は応流、印章は朝親と読めますが不詳です。



e0259194_13122331.jpg「丑の刻参り」といえば、憎しみ恨む相手に見立てた人形を真夜 他人に隠れて、神社の神木に鉄釘で打ち付ける呪いの儀式として有名です。(最近では小物類が「丑の刻参りセット」としてネットでも売られているそうです)

この呪詛信仰の発祥は室町時代の謡曲の「鉄輪」と言う話らしいのですが、鎌倉時代後期に書かれた物語で「宇治の橋姫」が京都の貴船神社で呪詛を行ったと言う話( 祈願し鬼となった橋姫の腕を渡辺綱が切り落とし、安倍晴明が封印した)があり、それ以来広まっていったものだそうで、その装束や小物類は江戸時代に定着されたそうです。

烏(からす)天狗は山伏の装束を着けた妖怪で、貴船神社の隣の鞍馬山で牛若丸に剣術を教えた話が有名です。
元はインドの神話にある人身鳥頭で龍を捕食すると言われるの迦楼羅(カルラ)神が仏教に取り込まれて仏法の守護神となったものとの説があるそうです(迦楼羅は不動明王の光背の火炎の中に描かれることもあります)。

呪詛は「もしも人に見られた場合にはその人を殺さねば、自分に向けて返ってくる、間違えると危険な行為」とも信じられていたそうで恐ろしい事だったのです。

この不可解な画の意味ですが、そんな状況を描いたものなのかも知れないと思えて来ませんか。





※現在日本の国の法律では、「呪詛と言う手段で人を殺傷することは不可能なので、『呪詛』自体は違法にはならない」と言う解釈がなされているのだそうです。冷静に考えてみれば当然のことなのでしょうが、何となく納得しきれません。人騒がせな行為なので、自治体の 「迷惑条例」くらいには当たっても不思議ではないのに・・・







参考ですが、北斎漫画でも似たような画像を見つけましたので
e0259194_205409.jpg













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by Ru_p | 2012-10-09 13:53 | アート・コレクション | Comments(0)

秋の三夕

10026
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古くて全体に黒ずんだ渋めの墨画で画も字も実に上手いのですが、落款印章が不明瞭なので、作者は不詳です。
(下の画像は画像ソフトで明瞭に見えるように調整したものです)
e0259194_1302624.jpg


新古今集の有名な「三夕(さんせき)」と言う首の(秋の)暮れのもの寂しさを詠んだ和歌らしいと判明したのですが、重要な位置に必要な語句がない(虫食い?色褪せ?書き損じ?)ので、文として成立していません・・・と諦めかけて再度見直していると、、既知の和歌の語句に相当する欠落部分が『絵』で置き換えられ『絵文字』に見えることに気付きました。

現代仮名への文字(と絵の)訳は下記の様に、

①心なき身にも哀れは知られけり 鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮れ
                                 (西行法師)

②見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ
                                 (藤原定家)

③寂しさはその色としもなかりけり 槇(まき)立つ山の秋の夕暮れ
                                 (寂蓮法師)


それぞれの赤字部分、が下の画像のように絵で置き換わっています。


  ①(鴫が飛んでいる絵:水鳥)
e0259194_17192650.jpg

  ②(苫屋の絵:粗末な家)
e0259194_17195590.jpg

  ③(槙が立っている山の絵)
e0259194_17202131.jpg


新古今和歌集は鎌倉時代初期に後鳥羽上皇の勅命により編纂された勅撰和歌集で、元久2年(1205年)に完成。テーマごとに配列され、秋上の巻になるこの三夕は当時から特に評価の高かった歌らしいです。

実に手の込んだ趣向(絵文字)の珍品で、画も字も同一筆者と思われます。
別々の場所の情景なのに「秋の夕暮れ」の共通する情感が絵の様に漂っている和歌だったからでしょうが、当時は遊び心のあるお公家さんの発想と指示で作られた山水画の名品(貴族のお宝)だった物が、長い間忘れ去られていてやっと日の目を見て再評価される機会を得たようです。

かなり古い物で、傷み具合は室町~?にも見えなくはないのですがまさか(検証してませんが、画が狩野派ならば・・・江戸時代前期?)。

「鴫立沢」という地名は神奈川県大磯町の『鴫立庵』という西行の記念館の近くにもあります。但しそこは、寛文4年(1664年)にそれらしい場所と言うことで標石が建てられただけの場所だそうで、「西行物語」によると、①の歌が詠まれたのが、文治2年(1186年)西行が奥州平泉に向かう途中だそうなので、この画の作者が知っていたかどうかは疑問ですが、本当の「鴫立沢」は現在の「江ノ島」の辺りになるのだそうです。

②の藤原定家の歌は1186年の作で、③の寂蓮法師(俗名は藤原定長)の歌は1191年の左大臣(良経)家十題百首からだそうですので、何れも鎌倉初期の作ということだそうです。

※①の句の「秋」に当たる字ですが(①・②・③とも敢えて別の字体にしている様なので)、読みは「あき」なのでしょうが、『流』の様にも見えてしまい不詳な文字です。
e0259194_1848297.jpg

(三首とも共通して「あきのゆうぐれ」で終わるので、変化を付けるために凝って使った旧字の様にも思えます)
e0259194_1815125.jpg

元字が何なのか私には自信がありません。
何方かお解りになりましたらご教授をよろしくお願いします。
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by Ru_p | 2012-10-06 12:59 | アート・コレクション | Comments(0)

月とすすき(蓮月・春月)

10031
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この画には「春月女」の署名と「春月」の印章が落款としてあるのですが、画賛に自作の和歌を書いた「太田垣蓮月」とはどの様な付き合いのあった人物なのか未確認(春月宛の消息文が現存するらしいのですが)です。ただ、秋の月の夜の風情をよく楽しみながら描いたように見えます。
画賛の方は蓮月尼さんが残した和歌で現存が知られる数百首の内でも代表的な作品で、まさにこの画の状景そのままの歌なので、互いに画と賛を意識した合作なのだと思われます。

むさしのの 尾花か末に かゝれるは たかひきすてし 弓はりの月
蓮月 八十才

(武蔵野の 尾花が末に 懸かれるは 誰が引き捨てし 弓張の月)


蓮月さんが80才の時ですので1870年の秋頃に描かれたということになります。
流麗な文字は、かなり長めの筆を鉛直に立てて、上端を持って書いたものらしいのですが、私にはとても真似できません。
かなり評判の美女だったと言われるだけあって文字も美人。また、絶世の美貌故に男に言い寄られることを嫌って、自らの前歯を折ったと言うほどの芯の強さも感じられ、惹かれるのでしょうか・・・


※「太田垣(大田垣)蓮月」は有名な富岡鉄斎の「育ての母」です。
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by Ru_p | 2012-10-04 10:43 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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