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カテゴリ:アート・コレクション( 124 )

化粧する武家 (江戸の風俗)

「若衆」 龍山樵夫 筆(= 狩野養長)  08045 32x70
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一見、男装の麗人にも見えますが、元服前の武家の男子の姿の様です。色白の肌・切れ長の目・体を捩るポーズは妙に艶めかしく、ある種の「美人画」の様でもあります。

江戸時代には、男社会の封建制度のしきたりの中で、性が抑圧され、その捌け口が同性に向けられる事も多かった様で、金や権力で『男色』の相手をさせられる芝居役者の「陰間」や、大名家の小姓が、その様な存在だったようです。

これを描いた絵師は、(真筆ならば)落款から狩野養長(かのう おさなが 1814-1876)かと思われます。
養長は肥後熊本に生まれ、19歳で狩野弘信の養子としなり、まもなく狩野家八代目となったのだそうです。以後幕末までは、狩野家と因縁の深い肥後細川藩のお抱え絵師として、頻繁に江戸と熊本とを往復していた様です。
落款は、養長、元象、信象、登雲堂、凌霄花齏、龍山樵夫、など多数使っていましたが、藩主細川斉護さんの命で描いた物には落款を入れられなかったので、落款が在るのは他所からの依頼などで描いた物なのだそうです。

この画のモデルさんも、何処かのお殿様のお気に入りだったのでしょうが、 
もしも、当時そんな詮索をしていたら、首が飛ん・・・・



















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by Ru_p | 2013-06-22 08:28 | アート・コレクション | Comments(0)

看病 (鳥居清経)

病床美人図 鳥居清経筆   08052  36x102
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江戸中期の風俗画ですが、十畳以上の部屋で、床に就いた可愛い顔の病人を、布団で暖め、綺麗な屏風(六曲一双分かな?)で囲って隙間風を除けながら絵で楽しませて励まし、薬湯を暖めた湯気で部屋の温度と湿度を上げ、近しい人が顔色を見ながら布団の上から手を当てる様子の様に見えますので、この時代での出来うる限りの看病の様子なのでしょう。
病人が布団の上に掛けているのはただの着物なのか、それとも「掻巻(かいまき)」と呼ばれる着物状の袖付き綿入りの寝具なのでしょうか(私は以前は愛用していましたが、現在では使う人が少なくなった様です)。枕を頭の横に当てているのは、結ってある髪を乱さない為の配慮でしょう。また、体を半ば起こしているのは、薬湯を飲むときの、誤嚥を防ぐ配慮なのでしょうか。
屏風や着物の柄が梅の花なので、まだ春でも寒い時季の様ですが、この画の病人は、熱を出したのでしょうか、顔色を見ても、病状があまり重そうには見えないので、こちらも気楽に眺めることが出来ます。

これを描いた鳥居清経は、生没年が不詳ですが、初代の鳥居清満に師事して、宝暦-安永(1751-1781年)の頃に作画活動をしていたそうです。
一枚ものの作例は非常に少ないそうなので、真筆であれば希少な画と言うことになりそうです。鈴木春信風の美人画を描く事があったらしいので、その点ではこの画はそれに近い様に感じます。こんなテーマの画だと、果たして依頼を請けて描いた物なのかどうか・・・・?
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by Ru_p | 2013-06-18 00:43 | アート・コレクション | Comments(0)

夏の風物詩 (鳥居清峰)

蚊遣り美人図  二代目 鳥居清満(=初代 鳥居清峰) 筆 肉筆浮世絵  31.5x78 07032
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蚊遣り(かやり)部分
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蚊の出る時季にはお馴染みのブタ型の蚊遣りですが、これが19世紀初頭(1810年頃)の江戸(吉原)では既に使われていた、と言えそうです。

除虫菊を加工した『蚊取り線香』は、明治中期以降に『金鳥』の創始者に依って考案されたのだそうですので、まだこの頃には、松の葉などをこの中で焚いて、蚊が嫌う煙を出す為の器だった様です。

蚊遣りブタのルーツに関してweb上で検索してみますと、「推定年代 19世紀前葉~中葉」として発掘された蚊遣りブタが見付かりましたが、その形は、口が小さくて、全体に大振りで、「徳利を加工した様な形」でした。ところが、上の肉筆浮世絵を見ると、口が大きくて、現代の「蚊遣りブタ」にかなり近い形です。その時代の江戸吉原の遊郭では、既にこの形が使われていたことが判ります。(果たして、この画は「蚊遣りブタ」の歴史資料として、最も古い物となるのでしょうか?)

今日使われている渦巻き状蚊取り線香(※)の様に、長時間の安定した燃焼を期待出来なかったでしょうから、寝る前には、蚊が忌避する煙を、体や衣類に焚き込んでおく必要があったのでしょう。
「蚊取り」でなく「蚊遣り」と言われていたのも、まだ、除虫菊の無かった時代の煙では殺虫効果が弱かったからかも知れません。
豚の体を連想する形になっていたのは、寝具に火が移ることを避ける為の機能性と、陶器職人の遊び心とがもたらした必然の結果だったのではないかと推測されますが、真実はどうだったのでしょうか。

上の画の落款にある「鳥居清峯」ですが、画風などから初代鳥居清峰〈1787~1869年 :二代目鳥居清満が後に改名)と思われます。
参考: ボストン美術館のwebページ中に、酷似の画像を見付けました。そちらは木版画なのですが、図中に「青楼四季之詠 岡本屋内 稲岡」とあり、1810年の制作とのことです。人物や衣服の線や構図には共通する部分が多く、上の肉筆画と同一の絵師が同一の時期に(同一のモデルを?)描いたとも判断出来そうな作品です。画の遊女部分の大きさは上の肉筆画の方が二倍程度と大きいのですが、背景のモチーフ(蚊帳など)での季節設定も同じ夏です。


湯上がりの透ける単衣の着物に団扇とはお洒落ですし、7頭身以上の長身は、当時の標準的体型の女性よりも当然誇張された美女なのでしょう。

いったいどんな経緯でこの画が描かれたのでしょうか? 夢ででも、当時の吉原にタイムスリップしてみたい
          

 



                                                                                                                                                                                                           ※蚊取線香は、まだまだ使われてはいますが、マット式~ノーマット式~プッシュ式(それぞれに含まれる「ピレスロイド系」の有効成分を空気中に蒸散させるタイプ)へと進化したため、次第に消えてしまう運命なのかも知れません。 
あれに郷愁を感じる世代としては、少し寂しい気持ちも・・・・                                                               



                                                                                              
                                                                                                              ・
                                         
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by Ru_p | 2013-06-17 00:10 | アート・コレクション | Comments(0)

猿曳き (その2)

小猿と少女の図  無落款(肉筆浮世絵)  07050 27x122
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上から見下ろす可愛い小猿と、真剣そうに見上げる少女との視線のぶつかり合いに、ある種の緊張感を感じます。

髪型や服装の特徴から、江戸初~中期なのでしょうか、肉筆浮世絵としては、比較的早い時期の「美人画」だと思われます。(私感的には奥村政信の作品に似たものを感じています)

構図として上の余白は多過ぎと感じられますが、江戸絵画ではこういうバランスもしばしば見受けられます。昔は床の間に掛けて眺めたので、鑑賞者への見せ方を絵師が演出したとも考えられますし、用紙のサイズや表具の技術的な合理性の関係もあったと思います。そんな余白なので、見ていると画賛を書き込みたいという衝動も起こりそうです。

江戸時代には、猿と猿曳き(猿廻し・猿遣い)が見世物としては多かったのでしょうが、現代はあまり見かけなくなりました。古来日本では猿が馬の守護神として崇められていたそうで、昔の猿曳きは(柳田國男によれば)馬の医者をも兼ねている場合が多かったそうです。それ故に、馬が少なくなった現代では猿曳きも見なくなったのかも知れませんね。
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by Ru_p | 2013-06-11 00:41 | アート・コレクション | Comments(0)

猿曳き (その1)

猿と老人の図  円山応挙筆(「主水筆」 仲選印)  13008  51.7x110.1
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振り返りながら蝶を見上げる猿と猿曳き(猿廻し・猿遣い)老人の図です。おもしろい雰囲気の画で、絵師の人柄の穏やかさも感じられ、観ていて飽きないので気に入りました。
署名が「主水」・印章が「仲選」なので、真筆ならば、円山応挙(1733~1795;1766年以降没年までは応挙に改名)の30歳前後の作品なのでしょうか?(だとしても、今さら生き証人もいないので、誰も客観的証明は出来ません;全ての古い物の宿命です)。
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猿は蝶の動きに惹かれて振り返った瞬間らしく、跳びかかるべきかどうかの判断を下す直前の体にも力が入っていない状態の様に見えます。「あっ 蝶・・・! 」

人や猿の構図は、骨格や筋肉の仕組みをよく理解した人が構成したらしく、細部の描き込みも見事なのですが、蝶に関しては、柄などの描写(※)で幾らか曖昧さ見られます(応挙が「写生帳」等の観察記録を作ったのは30代の後半らしいので、この頃にはまだ博物観察への意識が不十分だったのでしょうか)。

虫を目で追尾させるという設定は、有名なブライスコレクションにも、これと似た構成でブライス氏のお気に入りの『猿と蜂』(森狙仙 筆)の作品があり、NHKの新日曜美術館でも紹介されていました。
その画の作者の森狙仙(1747~1821)は、応挙よりも14年後に生まれ、応挙から多くの影響を受けたそうなので、もしもこの絵が応挙の30歳頃の作品だとすれば、その頃まだ15歳前後だったはずの森狙仙が、これに影響を受けた可能性も十分に考えられ(唐絵からの影響も当然あるのですが)・・・と気持ちだけは江戸時代にタイムスリップしそうです。








※もしもマダラチョウ科だとすると、体に毒を持っているので、猿が本能的に補食をためらう反応をしたのかも知れませんが、この画から蝶を特定するのは難しそうです。


猿曳き老人の手や足の爪を見ると、小爪の色合いがとても健康的。おそらくは、若い応挙が自身の身体を観察して、それをも参考にして描いたからなのでしょう。
図らずも、応挙の自画像の一部となっていた・・? そんな見方も面白いですよね。











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by Ru_p | 2013-06-10 22:34 | アート・コレクション | Comments(0)

獅子の仏画 (道周)

獅子と??  鬼頭道周 筆  07026  42x121
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この取り合わせでの仏画の人物だと、文殊菩薩なのでしょうか?体には臂釧,腕釧などの装飾品を身につけていて衣服はぼろぼろ。、羅漢の様でもあり、、よく解りません。

獅子は、その元はライオンのことですが、日本に伝わってきた当時には、中国でも生息してなかったので、想像上の「伝説の生き物」と捉えられていたのだそうです。「唐獅子」とも呼ばれていたり、神社などの狛犬の角のない方がその古い姿を伝えているそうで、猫科には見えますが、ライオンには見えません。

この画の獅子は、みすぼらしい(羅漢風の)老人に甘える毛玉たらけの動物で、形は猫の様に見えますが、表情はアニメチックで犬の様です。獅子も人も表情が魅力的だと思いますが、「写」とあるので元画がどこかに現存しているのであれば、比べてみたいものです。

一般的な仏像では、文殊菩薩は獅子に乗って、独尊又は釈迦三尊で、年齢も稚児から大人までと幅広いのですが、この様な老齢の姿の例は知りませんので、根拠が気になっています。 

画はおそらく大正~昭和初期だろうと思うのですが、詳しい資料が無いので定かではありません。








※鬼頭道周:明治~昭和初期に活動していた画家ですが、作品は、あまり多く残ってないようです。

参考;文殊菩薩と獅子との珍しい組合せでは、下の造像例があります。
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文殊菩薩持獅立像;木彫一木造り乾漆
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文殊信仰が盛んだった中国四川省の寺から伝わった物だそうです。

















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by Ru_p | 2013-06-09 18:42 | アート・コレクション | Comments(0)

嵐山かな (芦雪)

花の嵐山 長澤芦雪 画/香川景樹 賛歌   13006 25x100

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山の所々に桜の花が咲く静かな嵐山の風景が描かれた、小品ながら叙情的で落ち着いた画です。

「歌界に新風を吹き込んだ」と言われる歌人の香川景樹(直木賞作家の志茂田景樹氏のペンネームの由来とか)による画賛の文から、嵐山は当時も観光名所だったので、シーズンには人々で賑わっていたことがうかがえます。

賛文を、七五調で多少文字の置き換えをすると、下記の様に読めるのでしょう。
残り咲く 花見し人は 散り果てる 夜静かなる 嵐山かな  景樹」

景樹は画賛から、芦雪の画を観て夜の(嵐山の)静けさを感じた、と言いたいのでしょうが、そのことで画が「夜景」だと決めてしまうのは早計の様な気がします。
画の墨色(松煙墨)と、賛の墨色(油煙墨)が全く違うので、景樹は、芦雪がこれを描いた時には同席しておらず、後日(施主から依頼されて?)画賛を入れた可能性が強いと考えられます(景樹がその名に改名したのが芦雪の没年の頃らしいことと、歌人としての名を高めたのが更に後らしいので、この画賛は芦雪の意図よりも、景樹の勝手な解釈で書き加えられた可能性が強いと思われます)。
人影は見えませんが、空も川も白く抜けていますので、芦雪は、まだ空の明るさの残る時間帯の光景を描いたのだと観るのが自然だと思います。薄墨が入らない桜の部分は淡く浮き立っていますが、観る者のイマジネーション次第で、明け方でも夕方にでも見えるのは、画の奥深さなのでしょう。

手前の渡月橋は、江戸時代元禄の頃から今と同じ位置だったのだそうですが、明治初期までは、狭くみすぼらしい、こんな木の橋だったのでしょう。(現在ではコンクリート製で大型車も通れる橋に変わっています)
橋との標高差が三百数十メートルある嵐山は、今と同じ位置なのでしょうが、松や桜は、何世代か前の物で、日本のさくら名所100選として選ばれる200年も前の姿なのでしょう。(現代の姿ともよく似た雰囲気を感じますが)

この画は、嵐山を北東側の少し高い場所から見下ろす様な視点で描かれていますが、この方角に山や丘は無いので、建物から描いたのだと思われます。

※その建物に関してネットで参考となりそうなページを見付けました。
それに依ると、この画の視点と思われる場所(右京区嵯峨天龍寺角倉町9付近)には、豪商だった角倉了以が1606年に邸宅を築き、その建物は江戸時代を通して子孫に維持されて来たのだそうです。2008年には、その遺構の保存品の中から芦雪の襖絵(「飲中八仙歌」の張旭の図)が新たに発見(翌年には京都市が文化財指定)されたのだそうです。(落款から「蘆雪晩年」:寛政後期頃の制作とのことです)


だとすると、芦雪が晩年、そこの襖絵の制作を依頼された時に、この『花の嵐山』も同じ場所で描いた(写生した)と考えるのが自然な推理かとも思われます。
豪商の邸宅で単独の制作活動と言うことは、既に応挙の没後(1796~1799年の春)だったのでしょうか。。

  ついでに、この画も「新発見」ということに・・・??
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by Ru_p | 2013-05-16 20:14 | アート・コレクション | Comments(0)

しゃも? (北斎)

     鶏図 北斎筆(扇面)   10020  48x18

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不敵な風貌?のため、ニワトリと言うよりも幾分シャモ(軍鶏)に近い気がします。
シャモは、江戸時代初期にタイ(シャム)から日本に入ってきたらしいのですが、以来交配による改良と絶種が繰り返されたので、当時のままの姿の鶏を今日探すのは難しいと思われます。

北斎が当時シャモを目にしていたと考えられるのですが、この体型からは『闘鶏』用のシャモではなく、ニワトリと交配された「シャモオトシ」と呼ばれる食肉用の比較的ありふれた鶏ではなかったのかと思われます。
そんな鶏を日頃よく観察して、依頼者の求めに応じて、或る日短時間で扇面に描いたのが、この小品なのだと思います。(「扇面」なので、折れ曲がった面に揮毫するため、大変描き辛かったことでしょう。扇子として実際に使われた物を表装するのが一般的なのだそうで、それに依る折れ皺や汚れは「景色」として楽しむものなのだそうです)

落款は『北斎』となっているので、葛飾北斎がまだ若い(40代~50歳代始め?)頃の作品だと思われます。例により、破綻のない構図と無駄のない筆運びには、さすがに「天才の仕事」と感心させられます。


北斎の描く動物たちは、何故か自画像の彼とも、どことなく雰囲気が似ている様で、独特の愛嬌を感じます。






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by Ru_p | 2013-05-10 06:35 | アート・コレクション | Comments(0)

猫じゃれ美人 (暁斎?)

   08054 33.2x64
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「女三の宮と猫」 と共通する構図ですが、更に一工夫加わっている様にも見えます。

赤い布にじゃれた猫に驚く女性が、少し滑稽に描かれています。
目と手の作る表情に、『写楽』の「大谷鬼次の江戸兵衛」とも似た面白さが感じられます。
「肉筆浮世絵」で江戸末から明治始め頃の作品と思われますが、筆がたっていて描線がよく活きています。


不明瞭な印影?があったので、画像処理してみますと、なんと「暁斎」。
どうりで見覚えのある(気がする)色気を感じていました。
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「最後の浮世絵師」と称された河鍋暁斎の既知の印影と酷似しているのですが、署名は無く、肉眼での判読は難しい状態です。(また、当時の弟子たちが内緒で押した可能性もあるので、厳密な真偽はいまさら・・・・?)

無落款であっても、十分に楽しく眺められます。




【参考】
暁斎さんの画集の中に、弟子で次男の河鍋暁雲さんの描いた似た構図の画を見つけましたが、よく見れば描線も顔の表情もだいぶ違っていることに気付きます。そんなところに絵師毎の個性が現れてしまうのでしょうね。
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by Ru_p | 2013-04-28 17:38 | アート・コレクション | Comments(0)

蘆雪らしさ(雲龍)

13004  45.8x122.6
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大胆な構図・おちゃめな表情・勢いのある描線。


潔く一気に描き上げることで、一瞬のドラマを連想させる効果を出しています。
墨色の違いや滲みの景色をさりげなく活かし、画面からはみ出す主役の要所だけを描くことで、全体の広がりを想像させ、存在感や見応えを演出しています。

蘆雪らしさ(晩年の)がよく出た画ですが、制作時間は僅か(数十分足らず?)だったのではないかと思われます。


江戸時代では45歳を夭逝と言ったかどうか判りませんが、もっと長生きしていたなら・・・・
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by Ru_p | 2013-04-28 13:16 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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