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カテゴリ:アート・コレクション( 125 )

酒宴の禅画?

絵師ではなく、禅僧だった仙厓さん。
画で禅の教えを説く作品は多く残っていますが・・・

  この自画賛には
  「 山中で酒を呑のは 誰だか さむらい 坊主 庄屋 船頭
   と書かれている様です。
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  山中酒宴の図 13010 仙厓義梵筆 紙本 30×128

端正な画や字も得意だったそうですが、敢えていかにも ヘタクソ風な筆致で描く。
それなのに、登場人物は可愛らしくキャラクターも個性的に描き分けられています。

下の方には、屋外パーティーの食材に供される鶏や野菜が載ったカゴと天秤棒が描かれ、状況説明されています。(隣の犬君は、食材ではないのでしょうね)

奈良時代から続いた獣肉食禁止の習慣は、江戸時代でも有ったはずですが、四つ足でない鳥(兎も鳥と同類視され)や魚はその対象から外れていたので、食べても悪くはない様に思えます。
ただ、江戸時代には度々、奢侈禁止令(しゃしきんしれい)と呼ばれる、贅沢(奢侈)を禁止して倹約を強制する法令が御上から出されたので、この様な酒宴は行ってはならない行為だった事でしょう。
そして、富裕な人の中には、隠れてでも贅沢行為を求める輩がいたはずです。

ところで、この絵の坊さんは仙厓さんご本人ではないと言うことなのでしょうか?

仙厓さんは、庶民を愛し、サムライや権威を大変嫌っていたので、目先のご馳走には惑わされず、逆にこの様な風刺画で批判を行ったのではないかと思われます。

仙厓さんは、美濃(ミノ)の国で、新任家老の悪政に対して
「よかろうと思う家老は悪かろう もとの家老がやはりよかろう 」
と狂歌で批判を行い、国を追放された事が有あったそうです。また、その際更に
「 から傘を広げてみれば天が下 たとえ降るとも蓑(ミノ)は頼まじ 」
とも詠んで屈しなかったと言う話も残っています。
権威や権力に流されない高潔な人だったのでしょう。

 
ただそれで、この画も 『禅画』 なの?  と問われると、・・・・・







































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by Ru_p | 2014-12-02 12:57 | アート・コレクション | Comments(0)

表装は楽し・・

以前から、やってみたいと思っていたので、少し練習しただけなのに、某表装展に
出品してしまいました。

(1)画セン紙に墨で描いた猫(寧々ちゃん)を、自由な解釈で楽しく軸装しました。

寧々眈々   (紙本墨画)
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やや太目の軸棒の先には肉球のマークを付け、金物と結び目は黒い羊毛の耳形で
隠し、モヘア製の鼠やシッポもアクセサリーとして添えてみました。
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普通掛け軸は、床の間で見上げて観賞する茶道文化の影響で、上の裂が明らかに
長いのですが、今回は、日常生活の椅子で見る時の目の高さを想定したので、本紙
の上下部分の裂の長さを、ほぼ等しくしました。
ヒモも、平ヒモでなく、裂と共色の丸ヒモとし、あえて目立たせました。
掛け軸の紐(緒;お)の背面での垂らし方は、画(本紙)の造形の陰陽を見て、左右を
決めていたと言う古来からの約束事もあるのだそうですが、今回は、尾(お)を出した
いと思われる方を、その日の気まぐれでも決められる仕様としました。
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(2)マクリで所有していた、作家さんの作品も、涼しそうな色調の描き表具(波紋の柄を描いた画セン紙と太明朝風柱部分の外側を、青っぽいストールを松烟墨で汚して作った裂)で表装しました。

夏楽図 ( のむら清六筆 「河伯泳法」 )
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夏なので、全体に寒色系の裂を使い、軸先には洒落でカッパ巻き(食品サンプル)を付け、やや太目の軸棒部分は、黒い海苔巻き風に見える様に、麻の裂を巻きました。
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周囲が傷んでいたマクリの本紙を、バランスを考えて方形にトリミング(24×72)すると、意外に小さく、余白も少なめだったので、もっと広い空間で泳がせてあげたら楽しそうだと考えて、こんな形になりました。
(こちらの表装は、美術雑誌「月間美術」から選定され、表彰して頂きました)






普通、プロの表具屋さんの場合には、お客さんから、好みやセンスを信頼されて品物
(本紙)を預かるのですから、奇抜さを主張する大胆な表装は難しいのです。
ところが、シロウトでも、自分の所有する本紙ならば、何をするのも自由なのです。
更に、正麩糊を使うので、例え失敗したとしても、濡らせば直ぐに剥がせて、幾度でも
やり直し可能で、安心なのです。

掛け軸は、①巻いて保管出来ること(裏打ちの糊が強くて固過ぎると、巻けずに折れますし、絵の具が厚過ぎると剥落し易いので不可)、②本紙を傷め難い素材を使うこと(酸性の糊や紙を使った場合、経年劣化で本紙が酸性化して脆くなり、粉々になることがあるので不可)、③湿らせても絵の具が滲まないこと(基本的に「日本画」は膠と岩絵の具の画なので、膠が弱いと滲んで将来の修復に絶えられないので不可)等の基本的なルールさえ守れば、比較的自由なアレンジが可能な日本の優れた伝統文化です。それと同時に、本紙の魅力を最大限に引き立てる使命も担っています。
コンパクトに巻いて仕舞える便利さは、海外からも注目を集めつつあるので、今一度その素晴らしさを見直すべき時期に来ているのではないかと思われます。

ただ、「日本画」だけを見ると、その技法(岩絵の具などを膠で解いて紙や絹などの基底材に塗る;膠画)は元々は中国から伝来したものでしたが、扱う画題や画風が長い間に日本風な様式に変わって来たためそう呼ばれているようで、定義の説得力には幾分弱さを感じます。

例えば「ラーメン」は中華風なので、日本で生まれたのに、日本料理とは呼ばれない事と、逆の意味で共通の違和感がありそう・・・。






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by Ru_p | 2014-08-20 22:54 | アート・コレクション | Comments(0)

赤鬼の滝 (芦雪)

長澤芦雪筆 (不動七重滝の図) 14009 39x104
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画は、吉野からの大峰奥駈け道と呼ばれる熊野古道の一つが近くを通り、古くから修験道の聖地とされて来た大峰山脈の前鬼川にある、「日本の滝百選」にも選ばれている「前鬼山不動七重の滝」(吉野熊野国立公園の特別地域;奈良県吉野郡下北山村)の様です。
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ここの滝は、峠の道からも見えるのですが、好奇心の強かった蘆雪ならば、少しでも滝壺の近くにまで踏み入って写生しようとしたのではないのかと思われます。京都の一流絵師だった芦雪が敢えて険しい道を越えて、こんな奥地の滝を眺めに来ることには、既に大きな決断や覚悟を要していたことでしょうから。

前鬼川には、他にも三重の滝などがあり、それらの滝は、それ自体も信仰(山岳信仰と仏教が習合した修験道で)の対象だったそうです。
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この画の作画時期は、芦雪の南紀滞在中ではなく、彼の晩年に近い頃(落款印章の右上が欠けているので、満38歳以降;1792年~1799年の間)の様です。
おそらく南紀滞在中に実際に目にしてスケッチした画を持ち帰り、それを基に後日改めて描きなおした物と思われますが、基のスケッチが何時描かれたのかは、資料不足なので厳密には分かりません。
ただ、この画を見ていると、芦雪がこの険しい山奥にまで、自分の足を運んで自分の目で見たことは、確かなのだろうと思われます。(芦雪の足取りには謎が多いのですが、ここにも立ち寄った事の証拠には!/近景の樹木を見て、冬枯れの時季の様ですので、天明7年の冬、南紀から京都への帰路の途中と考えるのが合理的なのですが、となるとその道順は・・?)



滝の画は特に中世以降、李白が吟じた詩「望廬山観瀑」に憧れた日本の絵師達に好まれて、画題として盛んに扱われて来ました。(例えば、谷文晁もこれと酷似の構図の画をバーク・コレクションに見る事が出来ます)




※前鬼:
役行者が従えていたとされる「前鬼・後鬼」と呼ばれた夫婦の鬼の夫の方で、赤鬼として表されることがあるそうです。また、妻で青鬼ともされる後鬼は奈良県吉野郡天川村(直線距離で約20kmと近い)の出身とされているのだそうです。















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by Ru_p | 2014-07-06 14:16 | アート・コレクション | Comments(0)

桂山の彫り駒

桂山作 淇洲書彫りの駒
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王将と玉将に彫られた銘
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これを彫った『桂山』(本名;水戸常丸;故人)は、山形県にいた将棋駒の彫り師でした。

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(今でも多くの根強いファンがいる人気の彫り師なのだそうです)

その昔(昭和の時代)、仕事の関係で山形県の天童付近に半年間近く滞在していた時、何気なく立ち寄った将棋駒専門店でこれを目にして、強く衝撃を受けました。
しかし、価格がとても高かった(当時の手取り数ヶ月分位)ので、とても買えるとは思っていませんでした。
以後は、もっと手頃な額で、気に入る駒が見付からないのか? と考え、他の将棋駒専門店をも頻繁に見て回る様になっていましたが、この駒ほどの癒やしを感じる駒には出会いませんでした。気が付くと、頻繁にこの駒のある店を訪れる様になり、店主とも親しい仲になっていました。
(魅力的な『桂山』の駒を、個人的に高く評価し、目の保養のつもりで立ち寄っていました)


私がそれほど気に入ったことは、何時しか店主とも親交の厚かった当の桂山氏の耳にも届き、気をよくしたご当人から、ある時に様々な情報を聞く機会が出来ました。
この駒の材料となった重くて美しい木材(最後まで教えてくれませんでしたし、否定されたのですが、紫檀に似ています)は大変に珍しく、また、とても固かったので、極めて正確な彫りの技術と、とてつもない集中力が必要だったのだそうです。同じ材質の駒は、入手できた材料の制約から、この世に二組しか存在せず、今後はもう彫る事はない、とのことでした(そのもう一組でこれの弟分に当たる設定の駒は、私が出会う数日前に、東京から来たお客さんが、気に入って、既に買ってしまった直ぐ後だったのだとか)。
桂山氏は、この材質の駒の為に、漆の耐久性試験で、自から煮たり揚げたりと様々な工夫を行ない、全く問題が無いことの納得を得ていたそうで、そんな話から、仕事に対しての強い責任感と熱い情熱を持った人柄が感じられました。

この淇洲彫りの駒は、仕上がりまでに大変な労力と情熱を掛けた品物だったので、彫り埋めでなく、更にランクの高い「盛り上げ」仕様(専門職への外注)にも、その気になれば出来たのだそうですが、敢えてしなかった様でした(私も、盛り上げという仕様は、彫りの良さが隠れてしまい、将棋を指す時にも、文字の漆の盛り上がった部分が盤面と摺れる様な不安を感じるので、個人的に好みではありません)。おそらく桂山氏は、彫り師として、拘って作った品の価値を理解してくれる人がいてくれて、嬉しかったことと思います。

山形滞在も終わりが迫った或る日、既にすっかり仲良くなっていた店主から「作者との相談で、この駒を破格で譲っても構わないことにした」との話がありました。結局、『桂山』の精と魂がこもったこの駒は、驚く様な超破格で手に入れる事が出来て、山形の好い想い出となりました。


私は嬉しくなり、その半月後にも、普通の(楽に彫った?)桂山作の彫り駒(水無瀬)も、実際に将棋を指す目的で、一組買い足しましたが、そちらは残念ながら通常相場位でしか売ってもらえませんでした。
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実は、私は将棋が弱いので、同レベルの相手に恵まれず、家では眺めるだけで、たったの数回しか使った事がありません。

 これでは、持ち腐れと言われても・・・



※将棋の駒は普通、予備の歩が1枚あり、合計41枚なのですが、桂山の場合には、予備の歩が2枚有るので合計42枚となるのが特徴なのだそうです。

 他の彫り師でも、ちょっと良い駒の場合には、そう言うことが有るらしいです。











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by Ru_p | 2014-07-03 08:48 | アート・コレクション | Comments(0)

蘆雪の仔犬

長沢芦雪 筆 「仔犬の図」 絹本 14004 34x102.5
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江戸時代の人達も、こんな可愛い子犬を見れば、当然癒されたことでしょう。
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子犬の画の可愛らしさでは、師匠の応挙も得意な題材だった様で、とても有名です。
意図的にそれらに習って描く練習を重ねていたのでしょうから、全体の構図や体形等似た雰囲気になって当然なのですが、この画の表情には優しさ(芦雪らしい愛情)が現れているので好きです。



















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by Ru_p | 2014-06-03 00:07 | アート・コレクション | Comments(0)

ひょうたんなまず

瓢鮎図(ひょうねんず) 無落款 36.5×28.8 13023
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"瓢鮎図は瓢箪で鯰(ナマズ)を捕らえると言う禅の公案(修行の為の難題)をテーマにした画です(中国から伝わって来た「」の字は「ねん」と読み、《あゆ》ではなく《なまず》の意味なのだそうで、という字が日本で作られた「国字」なので、ここでは元の字の「」が使われるのだそうで、とても複雑)。


上の画とは別に、今から600年以上前の室町時代に将軍の足利義持が画僧の如拙(じょせつ)に命じて描かせたと言われる作品が最も有名で、そちらは国宝にも指定されていて、かつては京都の妙心寺塔頭(たっちゅう)の退蔵院に在りましたが、その後京都国立博物館に寄託された物で、美術の教科書にもしばしば登場するほど美術史的に大変希少な資料としての意味を持つ作品なのです。
下が参考のための、その如拙筆の瓢鮎図(75.8×111.5)
上半分の画賛の文が、当時の著名な禅僧30人による、この公案への回答に相当し、制作当時は障壁画で、下半分の図の背面に在ったのだそうです;この画賛によって、制作年代や作者を含む制作背景が明らかになるから、歴史的資料としての価値が大きい らしいのですが・・・・

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辞書による「瓢箪鯰」という言葉の意味では、《「瓢箪で鯰を押さえる」から》とらえどころのないようす。要領を得ないようす。また、そのような人。という説明を見かけました。
当然、瓢箪で鯰を捕らえさせる事など実際には不可能な難題と思われていたのでしょう。どうやってこの後鯰を捕らえようとするのか判りませんが、上の方の画の場合には、下の国宝の模写とも違い、あり得ないと思える程大きな瓢箪と鯰との組み合わせで、運ぶ人物も鯰も共に愛らしく、楽しそうに描かれていて、好きな画です。

室町時代に、如拙、周文、雪舟らの有名な画僧が幕府の庇護を受けて活躍していた後に、狩野正信が御用絵師としての座に着き、以後約400年にわたって活動し続けた狩野派の存在を考えると、この画題を扱わなかったはずがないので、上の画はそんな狩野派の誰かが残した可能性があるとも考えられますが、厳密にはいつ頃の誰の画なのかは判りません。

鯰には長い髭があるせいか、英語圏では“CATFISH”とも呼ばれ、どことなく愛嬌を感じさせるキャラクターなのですが、何か神秘的な能力を持っていそうな雰囲気も感じられます。
江戸時代中期になると、この様な瓢鮎図とは別にも鯰を描いた『鯰絵』が、地震や疫病など、人の力ではどうしようもない災難に対する民間信仰でのお守りとしての意味を持つようになり、浮世絵や大津絵での版画の出版物も含めて多数が世に出回る様になったそうです。





※鯰捕りの方法として、「コロンブスの卵」を参考に発想転換してみますと、ウナギ漁に使う筒の代わりに、瓢箪の底を割って穴を開けて水に沈め、鯰が入るのを待って引き揚げる、と言う単純な方法が思い浮かびましたが、もしもそんな方法で解決してしまったなら、600年の歴史有る難問だったはずの禅の公案がとても軽かったということにも・・・
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by Ru_p | 2014-01-03 01:34 | アート・コレクション | Comments(0)

逆鱗

驪竜の珠 菊池容齋筆  06062 35x96
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黒竜の顎の下の玉(逆鱗)は、竜が起きている時に人が触れると、激怒してその者を食い殺すと言う中国の伝説を題材にした画のようです。

暗い水底で眠る竜の喉元から首尾良く宝玉を奪い取れるのか、それとも敢えなく命を落とす事になるのか・・・
目を覚ましてしまった竜が背後から襲い掛かろうと身構えている瞬間でしょうか、夢の中にでも出てきそうなシーンです。

江戸末期から明治始め頃の作品ですが、近代のアニメか挿絵を見る様で、見事にストーリーが伝わってきます。
画を描いた菊池容齋(1788~1878)は、他にも神話や伝説を題材にした作品を多く残した絵師です。









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by Ru_p | 2013-10-31 13:23 | アート・コレクション | Comments(0)

画の「引き算」 (芦雪)

野菊と岩上の雀図 長沢芦雪筆  09010  29×92.5
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小禽(特に「雀」)は芦雪が特に好んで描いた得意な題材なので、多くの作品が残されていますが、同じであってもこの画では筆数が特に省かれて描いてある様に見えます。
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細かく描くべき詳細部分が省かれているのに、驚くほど強く存在感が現われていることに気付きます。
それは、曖昧な部分を省き描かないこと(つまり「引き算」)が、結果として必要十分な個性を強調したと言うことなのかも知れません。

一説に、芦雪は片目の視力を失っていたとも言われています。とすると、細部が良く見えなくなったことで、反って対象の本質を見抜く力を得た、という事なのかも知れませんね。




滲み・かすれが上手く活かされ、雀の表情は、実に可愛らし・・・



落款印章:朱文氷形印(欠け無し)
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by Ru_p | 2013-10-06 06:00 | アート・コレクション | Comments(0)

芦雪の山水画

月下舟止図 長沢芦雪筆   13011  39x21
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おぼろな月が低く霧のかかる山の上にかかり、風も無く静かな水面に船(底が浅い、琵琶湖など用の)が三艘浮かんでいる光景の様に見えます。

月明かりで彩度の低い情景は、墨の濃淡だけで描くのに都合の良いテーマだったのでしょうが、簡潔で叙情的(寂しげ・悲しげ)な描写がとても見事です。


ところで、この月の欠け方は、日没直後の東の方角に見える形の様です。

全く勝手な想像ですが、
中秋(旧暦の8月中旬)の日没直後に琵琶湖西岸の水辺から、東側を見た光景の様です。

この雰囲気って、何か悲しい事でもあったのでしょうか?









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by Ru_p | 2013-10-03 07:14 | アート・コレクション | Comments(0)

良寛 思慕の歌

年ごとに あふと・・・(七夕)  良寛書  13014  30.5x26.5
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年ことに あふと
わすれと 七
夕の ぬる夜
の数ぞ すく
なかりけり

  沙門良寛書



「年ごとに 逢うとはすれど 七夕の 寝る夜の数ぞ 少なかりける」
という古今和歌集 秋歌上179番の歌の様です。

良寛さんが58歳(1817年)の頃、遠く江戸の地に出向いたまま、なか
なか戻れない7歳年下の維馨尼(いきょうに)さんを想って詠んだ、と思
われる歌(維馨尼さんを織り姫に見立てたと思われる七夕関連の歌の一つ
で、他にも万葉集や自作の詩が幾つか現存しているそうです)の墨跡です。

清貧であるべき僧としての体面に囚われない大胆な感情表現や堂々と署名を残す姿勢には、
裏も表も隠さずに生きようとした潔さが感じられます。

良寛さんの書を見ていて癒やさるのは、子どもが書く字の様で「あざとさ」
を感じさせないからかも知れません。
デフォルメの奔放さ伸びやかさも好きです。




1817年(文化14)の七夕だとすると、新暦では立秋の後で8月18日
の深夜の行事です。(故に季語は秋)

「ぬる」には「寝る」の他に「濡れる」の意味も含むようです。


例によって、古過ぎて真跡を厳密に立証する方法は存在しませんが・・














.

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by Ru_p | 2013-10-01 20:15 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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