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カテゴリ:アート・コレクション( 124 )

見性成仏・・・・ (白隠)

達磨図 白隠筆 14003 35.5x38.5 紙本
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これは白隠さんが禅の教えを説く為に描いた『禅画』なのだそうです。

画の中で、眼光鋭く「見性成佛」と唱えている達磨ですが、この言葉は「人の本性をしっかり見据えることで仏道を成就する」と言う意味らしいです。実際に達磨が使った言葉なのかどうかは不明らしいのですが、白隠さんはこの様な達磨図を生涯に数多く描き残し、画の中で一貫してこの(この字を含む「直指人心見性成佛」の)語を唱えていた様です。











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by Ru_p | 2015-06-12 19:53 | アート・コレクション | Comments(0)

三羽ガラス (芦雪)

柳に烏の図 「平安芦雪 写」 (長沢芦雪) 15007 44.7x121.5 紙本
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落款(印章が珍しい)の筆跡に幾らか乱れは感じられますが、いかにも芦雪(晩年近い)の描きそうな画に見えます。(真筆だとしても、もう誰も立証はできませんが、逆にその否定も難しいでしょう)
見ていて飽きず、何故か癒やされる好きな画です。


枝垂れ柳に三羽の烏(ハシボソガラス?)が留まっています。
一般に『三羽ガラス』は、特定の組織内で技量の優れたトップ3を指します。

この画の烏が人の「見立て」だとすれば、芦雪に関連する場合のそんな3人は、円山応挙門下の「応挙十哲」の内の誰かと言うことになるのかも知れませんね。
この画が描かれたと思われる当時の「応挙十哲」筆頭といえば、「長沢蘆雪・駒井源琦・山跡鶴嶺」(この内の山跡鶴嶺と応挙は西暦1795年には亡くなっています)だった様です。
その辺に関連して何らかの「もめ事」(権力争い?)が有ったのだとしても不思議な事ではありません。

そんな見立てで描かれた可能性を踏まえて見直すと(同門同士の画業の優劣は別として)、

      芦雪自身は、おそらく手前で別の方角を向いた・・・(?)












































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by Ru_p | 2015-06-12 12:51 | アート・コレクション | Comments(2)

お釈迦さまの・・・?

清凉寺式釈迦如来立像図  紙本肉筆(紺紙金泥/無落款) 10.8×25.4cm (15006)
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A4サイズに収まる本紙をスキャン(上)して、編集ソフトで鮮明に処理(下)してみました。
(顔などの皮膚には金泥が塗られていますが、色調の厳密な再現は難かしく・・)
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 「清凉寺式釈迦如来像」は、
お釈迦さまの生存中にその姿を、古代インドの優填(うでん)王が栴檀(せんだん)の材にて造らせた(①)と言われる伝説の像が、後に中国に運ばれ、更にその模刻(②)が、東大寺の学僧 奝然(ちょうねん)によって、西暦986年に中国から日本にまで運ばれ(現在は清凉寺に安置されているほぼ等身大の立像)それを基に、その模刻(③)が更に各地に伝え広められたと言われる壮大な由緒をもつ釈迦如来像の事なのです。
(お釈迦さまの姿のコピーのコピー・・・の像で、改めての仏教の基本情報が伝来)

上記①のコピーは、実際に存命中に行われたのでしょうか?/その像は全く現存していないのでしょうか?

お釈迦さまは、紀元前5世紀ごろの北インドの人で、悟りを得て「仏陀」と呼ばれる様になった仏教の開祖です。その弟子達への教えでは、修行によって悟りを得る事を目標とし「偶像崇拝」はさせなかったらしい(本来の仏陀の教えは、「信仰」と言うよりも「哲学」の性格が強かった為)のですが、歿後に時が経つにつれ、教えの解釈も変わり、救いを求める人々はお釈迦さまの姿を模した像や遺骨に何らかの霊的な力を期待する様に変わって行った様です。ですから、仏像としての釈迦像が造られたのは、実際にはその没後5世紀以上経ってからと言う説が一般的で、優填王の伝説の像がお釈迦さまの存命中に作られたと言う伝説は、残念ながら今日では必ずしも有力な説ではない様です。

清凉寺に置かれている(上記②の)釈迦像は、「三国伝来の釈迦像」として尊ばれ、お釈迦さまの没後15世紀近く経っていた平安期には、仏教(当時の大乗仏教)を原点から見直す釈迦信仰を大いに盛り上げ、鎌倉期頃までは盛んに模刻が行われた様です。(模刻の行為も仏陀のクールな教えには反しそうなのですが・・)

清凉寺の釈迦如来像には、インド、ガンダーラ風の特徴(縄目状の頭髪や、通肩〔つうけん:両肩を衣に通す姿〕の衣に深く刻まれた流水線状の衣文等)が有るそうです。その仏像の伝搬のルートが「北伝」と呼ばれて中央アジアを辿ったことから、日本に仏教が初めて伝えられた頃に伝搬されて来たと考えられている東南アジア経由のルート(南伝)の様式とは学術的には区別されているのだそうです。
(清凉寺の釈迦如来像は、歴史資料としても重要な為、現在国宝に指定されています)

鎌倉期頃までの作で現存する清凉寺式釈迦如来は殆どが木彫で、意外なことにこの様な仏画での遺例は稀らしく、金蓮寺(京都)・西大寺(奈良)・根津美術館(東京)で所蔵されている他には、確認されていなかったのだそうです。
(大乗仏教の阿弥陀信仰が盛り返えしたとしても、清凉寺式釈迦像の模刻は鎌倉期でも盛んに行われていたはずなので、探せばまだまだ出てきそうな気もしますが)


上の画は、清凉寺の釈迦如来像(又はその模刻)を高度な技術の絵師が、小さな画寸の中に極限まで細密に縮小して写し取った物(上記③に相当する像高約14cmの6頭身像)の様です。高価な料紙や絵の具を含めて、極めて完成度が高い事から、おそらくは高貴な人物の念持仏(個人が身近に置いて礼拝する為の仏像)として特に丁寧に作られた物だと思われます。
(掛け軸状態ではなく、薄板に張って折りたたまれた形の表具なので、絵の具の剥落は少ないのですが、本紙は脆化が進み、割れや剥がれ落ちた部分が見られます。顔などには金泥による少し雑な修復跡があり、それ以外の本紙部分を見ると、特に細かい亀裂があるので、年代測定はしていませんが時代的な古さには期待が持てそうです。ただ、細かいので今後の修復には苦労しそう・・)

この顔の表情には、慈悲深さや落ち着きのある「和」の雰囲気も感じらるので、見ていて気持ちが癒やされます。
(今日と違い、誰もが気軽には目に出来なかった時代の遺物かと思うと、何だか更にありがた・・・ )
























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by Ru_p | 2015-05-05 23:53 | アート・コレクション | Comments(0)

梅に・・・・ (芦雪)

白梅小禽図 長澤芦雪筆    09040
 
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芦雪は、勢いよく伸びた小枝や蔓を豪快な筆遣いで描き、小動物を描き添える作品を多く残しています。

小禽(小鳥)は、ウグイスではなく、ジョウビタキのオスを描いたものの様に思われます。ジョウビタキは、スズメ目・ツグミ科に分類され、日本では冬から梅の頃に見られる渡り鳥なのだそうです。

種や雌雄の識別が出来るほどよく観察されているのは、さすが 。




小鳥が注視する先に自分の落款とは寝・・
















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by Ru_p | 2015-03-08 12:21 | アート・コレクション | Comments(0)

芦雪の写生画

この画の題材にされた「和しのぶ」 は、秋に紅葉し、冬に枯れ落ち、春には芽を吹く多年生で、着生のシダ植物です。
コケ玉やヘゴ等の塊に根を張らせ、屋敷の軒下に吊して風流に観賞することが、江戸時代のお屋敷で流行っていたようです。

『吊しのぶと雀の図』 長澤芦雪 筆 14016 23.5x126  紙本墨画淡彩
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画のタイトルとしては『吊しのぶと雀の図』と呼ばれるべきでしょうが、しのぶの根は大胆に省略された勢いのある筆遣いで描かれています。更にこの画を見て視線が自然に向かうのは、汚れと見まがいそうな細かな蜘蛛だと思います。拡大してみると、風になびく糸の先の蜘蛛の精緻な筆遣いと、肉眼の限界とも思える観察眼に気付き驚かされます。
(足の線の太さは毛筆の限界でしょう)
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ユーモアとサービス精神に溢れた芦雪は、見る人が驚嘆するであろう細密部分を、さりげなさそうに描くことで、内心密かに誇らしくも悦に入っていた様な気がしてなりません。

それにしても、よくぞここまで描けたもので・・・








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by Ru_p | 2015-01-17 07:56 | アート・コレクション | Comments(0)

蒹葭堂の画 (の5)

博物資料の写生としてでは無く、果実の造形的な面白さを墨で表現した画。

絵画は幼い頃から、黄檗(おうばく)僧・鶴亭(かくてい)、柳沢淇園(きえん)、池大雅を師としたので、この様に風情のある画も、難なく描いていました。しかし、必ずしも絵師として大成しなかった理由は、様々な才能に恵まれ、器用過ぎたからの様な気もします。文人の余技で満足してしまった様に感じます。

木村蒹葭堂筆 柘榴図 (墨画、落款;遜齋、印章;「世」「齋」) 13018 
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by Ru_p | 2015-01-16 20:22 | アート・コレクション | Comments(0)

蒹葭堂の写生画

江戸時代のスーパー日本人であった木村蒹葭堂が収集した標本では、貝殻や奇石が有名なのですが、生体は保存の技術がなかったので、当然残っていません。その代わりに下の様に精細な写生画が残っています。

木村蒹葭堂筆 ガマガエルとカマドウマの写生画(色調・レベル等画質調整済み)
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木村蒹葭堂筆 トウモロコシ・ゴマダラカミキリムシ・ジョロウグモ・コオロギの写生画
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木村蒹葭堂の落款印章 「世齋の印」(白い胡粉絵の具使用か?)
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真摯に対象と向き合い、丁寧に筆を重ねることで、種の分類が可能なほどの細密な写生を行なっています。情緒や風情は無いかも知れませんが、江戸時代の日本にも、科学者の眼を以て森羅万象を見られる人物がいたという証拠ですね。
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by Ru_p | 2015-01-15 23:52 | アート・コレクション | Comments(0)

どんな美女でも・・・

 美人訓  童元基筆   11003 絹本 41.5x116.5
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作者は、清時代の中国浙江省の絵師で、名を童元基、字は虎方。立山と号て長崎に度々来舶していた日本通だったそうで、数え年77歳(1833年冬)の作なのだそうです。
日本で依頼されて描いた為か、面白い事に下唇を緑色に染める『笹色紅』(紅花の紅を重ねて塗ると緑色に見えるらしく、塗膜で光が干渉する為の構造色かな?)と呼ばれる江戸時代中期に流行した化粧法になっています。

中国の絵師が描いた支那美人図なのですが、前漢時代の武帝の夫人なのでしょうか?(それとも唐時代の楊貴妃のつもりなのでしょうか?)。
亡くなった人の姿が煙の中に現れる『反魂香』と呼ばれる伝説上の香を焚き、幽霊が現れた時の様子と似ています(上質の反魂香は死者が蘇るという言い伝えがあり)。反魂香は江戸時代の日本で、読本や、妖怪画集の『今昔百鬼拾遺』、人形浄瑠璃・歌舞伎の『傾城反魂香』などの題材としてよく取り上げられていたそうです。
また、一種の降霊具として、日本の幽霊図の多くで幽霊とセットで描かれているようです。

ところで、よく見ると、この幽霊の描写では、足が煙に隠れて描かれていません。
円山応挙で有名な「足の無い幽霊の図」ですが、実は、応挙誕生の60年以上前に描かれた“花山院きさきあらそひ”という浄瑠璃本の挿絵の藤壺の幽霊や、他にも“死霊解脱物語聞書”や近松門左衛門の“傾城反魂香”などの挿絵などに足無し幽霊が出てくるそうです(江戸初期に描かれた“山中常盤物語絵巻”には足のある常盤御前の幽霊が出てくるそうですが) 。
未確認なのですが、土佐光起(1617~1691土佐派) の足の無い幽霊の画を森徹山(1775~1841円山派)が少くとも元禄の頃に模写した作品も(福岡の民俗資料館に)あるそうです。

美女は幽霊となっても、画や演劇の題材として永遠に生き続ける様ですね。




参考図 06009
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by Ru_p | 2015-01-02 08:35 | アート・コレクション | Comments(0)

模写美人図の背景

江戸時代頃の日本人にとって、先進国だった中国(支那〔しな〕・唐〔から〕・唐土〔もろこし〕などと呼ばれていた)の文化は大変な憧れだったようです。
絵画の分野でも渡来の画は非常に珍重され、盛んに模写が繰り返されました。中でも美人図は好まれて模写されていた様です。


『支那美人図』 池 雲英筆 06002 42.5x111 絹本
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上の画の作者池雲英は、幕末から明治にかけて活動した朝鮮の絵師で、日本・中国の事情に大変精通していた人物だったそうです。この画からは、中国美女のはずなのに、朝鮮の女性の雰囲気が感じられます。


『姑娘(くーにゃん)図』 作者不詳 (住吉派の絵師?)  10027 36.8x100 絹本
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かなり濃い存在感の女性ですが、どことなく好感が持てます。


この様に墨を磨り、香を焚き、お茶を飲み、お気に入りの場所で寛ぎながら、詩や絵を思案して優雅な時間を愉しむ高貴な美女の姿は、現代人が眺めても癒やされます。
(机の上の「文房四宝」は、定番のお洒落アイテム)

模写された人物画は殆どの場合、写した人毎の感性や解釈により表情が微妙に異なるようです。美人画でも不思議な事に、絵師の好みの女性像や、自身の顔などに近づいてしまう傾向があるようで、それが絵師毎の個性なのではないかと思います。

画題となる元画の構図を借りて、単なるコピーではない味わいや魅力を表すには、不可欠なアレンジだったのだと思われます。






















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by Ru_p | 2015-01-01 17:46 | アート・コレクション | Comments(0)

酒宴の禅画?

絵師ではなく、禅僧だった仙厓さん。
画で禅の教えを説く作品は多く残っていますが・・・

  この自画賛には
  「 山中で酒を呑のは 誰だか さむらい 坊主 庄屋 船頭
   と書かれている様です。
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  山中酒宴の図 13010 仙厓義梵筆 紙本 30×128

端正な画や字も得意だったそうですが、敢えていかにも ヘタクソ風な筆致で描く。
それなのに、登場人物は可愛らしくキャラクターも個性的に描き分けられています。

下の方には、屋外パーティーの食材に供される鶏や野菜が載ったカゴと天秤棒が描かれ、状況説明されています。(隣の犬君は、食材ではないのでしょうね)

奈良時代から続いた獣肉食禁止の習慣は、江戸時代でも有ったはずですが、四つ足でない鳥(兎も鳥と同類視され)や魚はその対象から外れていたので、食べても悪くはない様に思えます。
ただ、江戸時代には度々、奢侈禁止令(しゃしきんしれい)と呼ばれる、贅沢(奢侈)を禁止して倹約を強制する法令が御上から出されたので、この様な酒宴は行ってはならない行為だった事でしょう。
そして、富裕な人の中には、隠れてでも贅沢行為を求める輩がいたはずです。

ところで、この絵の坊さんは仙厓さんご本人ではないと言うことなのでしょうか?

仙厓さんは、庶民を愛し、サムライや権威を大変嫌っていたので、目先のご馳走には惑わされず、逆にこの様な風刺画で批判を行ったのではないかと思われます。

仙厓さんは、美濃(ミノ)の国で、新任家老の悪政に対して
「よかろうと思う家老は悪かろう もとの家老がやはりよかろう 」
と狂歌で批判を行い、国を追放された事が有あったそうです。また、その際更に
「 から傘を広げてみれば天が下 たとえ降るとも蓑(ミノ)は頼まじ 」
とも詠んで屈しなかったと言う話も残っています。
権威や権力に流されない高潔な人だったのでしょう。

 
ただそれで、この画も 『禅画』 なの?  と問われると、・・・・・







































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by Ru_p | 2014-12-02 12:57 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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