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カテゴリ:アート・コレクション( 120 )

芦雪の写生画

この画の題材にされた「和しのぶ」 は、秋に紅葉し、冬に枯れ落ち、春には芽を吹く多年生で、着生のシダ植物です。
コケ玉やヘゴ等の塊に根を張らせ、屋敷の軒下に吊して風流に観賞することが、江戸時代のお屋敷で流行っていたようです。

『吊しのぶと雀の図』 長澤芦雪 筆 14016 23.5x126  紙本墨画淡彩
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画のタイトルとしては『吊しのぶと雀の図』と呼ばれるべきでしょうが、しのぶの根は大胆に省略された勢いのある筆遣いで描かれています。更にこの画を見て視線が自然に向かうのは、汚れと見まがいそうな細かな蜘蛛だと思います。拡大してみると、風になびく糸の先の蜘蛛の精緻な筆遣いと、肉眼の限界とも思える観察眼に気付き驚かされます。
(足の線の太さは毛筆の限界でしょう)
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ユーモアとサービス精神に溢れた芦雪は、見る人が驚嘆するであろう細密部分を、さりげなさそうに描くことで、内心密かに誇らしくも悦に入っていた様な気がしてなりません。

それにしても、よくぞここまで描けたもので・・・








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by Ru_p | 2015-01-17 07:56 | アート・コレクション | Comments(0)

蒹葭堂の画 (の5)

博物資料の写生としてでは無く、果実の造形的な面白さを墨で表現した画。

絵画は幼い頃から、黄檗(おうばく)僧・鶴亭(かくてい)、柳沢淇園(きえん)、池大雅を師としたので、この様に風情のある画も、難なく描いていました。しかし、必ずしも絵師として大成しなかった理由は、様々な才能に恵まれ、器用過ぎたからの様な気もします。文人の余技で満足してしまった様に感じます。

木村蒹葭堂筆 柘榴図 (墨画、落款;遜齋、印章;「世」「齋」) 13018 
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by Ru_p | 2015-01-16 20:22 | アート・コレクション | Comments(0)

蒹葭堂の写生画

江戸時代のスーパー日本人であった木村蒹葭堂が収集した標本では、貝殻や奇石が有名なのですが、生体は保存の技術がなかったので、当然残っていません。その代わりに下の様に精細な写生画が残っています。

木村蒹葭堂筆 ガマガエルとカマドウマの写生画(色調・レベル等画質調整済み)
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木村蒹葭堂筆 トウモロコシ・ゴマダラカミキリムシ・ジョロウグモ・コオロギの写生画
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木村蒹葭堂の落款印章 「世齋の印」(白い胡粉絵の具使用か?)
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真摯に対象と向き合い、丁寧に筆を重ねることで、種の分類が可能なほどの細密な写生を行なっています。情緒や風情は無いかも知れませんが、江戸時代の日本にも、科学者の眼を以て森羅万象を見られる人物がいたという証拠ですね。
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by Ru_p | 2015-01-15 23:52 | アート・コレクション | Comments(0)

どんな美女でも・・・

 美人訓  童元基筆   11003 絹本 41.5x116.5
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作者は、清時代の中国浙江省の絵師で、名を童元基、字は虎方。立山と号て長崎に度々来舶していた日本通だったそうで、数え年77歳(1833年冬)の作なのだそうです。
日本で依頼されて描いた為か、面白い事に下唇を緑色に染める『笹色紅』(紅花の紅を重ねて塗ると緑色に見えるらしく、塗膜で光が干渉する為の構造色かな?)と呼ばれる江戸時代中期に流行した化粧法になっています。

中国の絵師が描いた支那美人図なのですが、前漢時代の武帝の夫人なのでしょうか?(それとも唐時代の楊貴妃のつもりなのでしょうか?)。
亡くなった人の姿が煙の中に現れる『反魂香』と呼ばれる伝説上の香を焚き、幽霊が現れた時の様子と似ています(上質の反魂香は死者が蘇るという言い伝えがあり)。反魂香は江戸時代の日本で、読本や、妖怪画集の『今昔百鬼拾遺』、人形浄瑠璃・歌舞伎の『傾城反魂香』などの題材としてよく取り上げられていたそうです。
また、一種の降霊具として、日本の幽霊図の多くで幽霊とセットで描かれているようです。

ところで、よく見ると、この幽霊の描写では、足が煙に隠れて描かれていません。
円山応挙で有名な「足の無い幽霊の図」ですが、実は、応挙誕生の60年以上前に描かれた“花山院きさきあらそひ”という浄瑠璃本の挿絵の藤壺の幽霊や、他にも“死霊解脱物語聞書”や近松門左衛門の“傾城反魂香”などの挿絵などに足無し幽霊が出てくるそうです(江戸初期に描かれた“山中常盤物語絵巻”には足のある常盤御前の幽霊が出てくるそうですが) 。
未確認なのですが、土佐光起(1617~1691土佐派) の足の無い幽霊の画を森徹山(1775~1841円山派)が少くとも元禄の頃に模写した作品も(福岡の民俗資料館に)あるそうです。

美女は幽霊となっても、画や演劇の題材として永遠に生き続ける様ですね。




参考図 06009
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by Ru_p | 2015-01-02 08:35 | アート・コレクション | Comments(0)

模写美人図の背景

江戸時代頃の日本人にとって、先進国だった中国(支那〔しな〕・唐〔から〕・唐土〔もろこし〕などと呼ばれていた)の文化は大変な憧れだったようです。
絵画の分野でも渡来の画は非常に珍重され、盛んに模写が繰り返されました。中でも美人図は好まれて模写されていた様です。


『支那美人図』 池 雲英筆 06002 42.5x111 絹本
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上の画の作者池雲英は、幕末から明治にかけて活動した朝鮮の絵師で、日本・中国の事情に大変精通していた人物だったそうです。この画からは、中国美女のはずなのに、朝鮮の女性の雰囲気が感じられます。


『姑娘(くーにゃん)図』 作者不詳 (住吉派の絵師?)  10027 36.8x100 絹本
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かなり濃い存在感の女性ですが、どことなく好感が持てます。


この様に墨を磨り、香を焚き、お茶を飲み、お気に入りの場所で寛ぎながら、詩や絵を思案して優雅な時間を愉しむ高貴な美女の姿は、現代人が眺めても癒やされます。
(机の上の「文房四宝」は、定番のお洒落アイテム)

模写された人物画は殆どの場合、写した人毎の感性や解釈により表情が微妙に異なるようです。美人画でも不思議な事に、絵師の好みの女性像や、自身の顔などに近づいてしまう傾向があるようで、それが絵師毎の個性なのではないかと思います。

画題となる元画の構図を借りて、単なるコピーではない味わいや魅力を表すには、不可欠なアレンジだったのだと思われます。






















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by Ru_p | 2015-01-01 17:46 | アート・コレクション | Comments(0)

酒宴の禅画?

絵師ではなく、禅僧だった仙厓さん。
画で禅の教えを説く作品は多く残っていますが・・・

  この自画賛には
  「 山中で酒を呑のは 誰だか さむらい 坊主 庄屋 船頭
   と書かれている様です。
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  山中酒宴の図 13010 仙厓義梵筆 紙本 30×128

端正な画や字も得意だったそうですが、敢えていかにも ヘタクソ風な筆致で描く。
それなのに、登場人物は可愛らしくキャラクターも個性的に描き分けられています。

下の方には、屋外パーティーの食材に供される鶏や野菜が載ったカゴと天秤棒が描かれ、状況説明されています。(隣の犬君は、食材ではないのでしょうね)

奈良時代から続いた獣肉食禁止の習慣は、江戸時代でも有ったはずですが、四つ足でない鳥(兎も鳥と同類視され)や魚はその対象から外れていたので、食べても悪くはない様に思えます。
ただ、江戸時代には度々、奢侈禁止令(しゃしきんしれい)と呼ばれる、贅沢(奢侈)を禁止して倹約を強制する法令が御上から出されたので、この様な酒宴は行ってはならない行為だった事でしょう。
そして、富裕な人の中には、隠れてでも贅沢行為を求める輩がいたはずです。

ところで、この絵の坊さんは仙厓さんご本人ではないと言うことなのでしょうか?

仙厓さんは、庶民を愛し、サムライや権威を大変嫌っていたので、目先のご馳走には惑わされず、逆にこの様な風刺画で批判を行ったのではないかと思われます。

仙厓さんは、美濃(ミノ)の国で、新任家老の悪政に対して
「よかろうと思う家老は悪かろう もとの家老がやはりよかろう 」
と狂歌で批判を行い、国を追放された事が有あったそうです。また、その際更に
「 から傘を広げてみれば天が下 たとえ降るとも蓑(ミノ)は頼まじ 」
とも詠んで屈しなかったと言う話も残っています。
権威や権力に流されない高潔な人だったのでしょう。

 
ただそれで、この画も 『禅画』 なの?  と問われると、・・・・・







































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by Ru_p | 2014-12-02 12:57 | アート・コレクション | Comments(0)

表装は楽し・・

以前から、やってみたいと思っていたので、少し練習しただけなのに、某表装展に
出品してしまいました。

(1)画セン紙に墨で描いた猫(寧々ちゃん)を、自由な解釈で楽しく軸装しました。

寧々眈々   (紙本墨画)
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やや太目の軸棒の先には肉球のマークを付け、金物と結び目は黒い羊毛の耳形で
隠し、モヘア製の鼠やシッポもアクセサリーとして添えてみました。
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普通掛け軸は、床の間で見上げて観賞する茶道文化の影響で、上の裂が明らかに
長いのですが、今回は、日常生活の椅子で見る時の目の高さを想定したので、本紙
の上下部分の裂の長さを、ほぼ等しくしました。
ヒモも、平ヒモでなく、裂と共色の丸ヒモとし、あえて目立たせました。
掛け軸の紐(緒;お)の背面での垂らし方は、画(本紙)の造形の陰陽を見て、左右を
決めていたと言う古来からの約束事もあるのだそうですが、今回は、尾(お)を出した
いと思われる方を、その日の気まぐれでも決められる仕様としました。
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(2)マクリで所有していた、作家さんの作品も、涼しそうな色調の描き表具(波紋の柄を描いた画セン紙と太明朝風柱部分の外側を、青っぽいストールを松烟墨で汚して作った裂)で表装しました。

夏楽図 ( のむら清六筆 「河伯泳法」 )
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夏なので、全体に寒色系の裂を使い、軸先には洒落でカッパ巻き(食品サンプル)を付け、やや太目の軸棒部分は、黒い海苔巻き風に見える様に、麻の裂を巻きました。
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周囲が傷んでいたマクリの本紙を、バランスを考えて方形にトリミング(24×72)すると、意外に小さく、余白も少なめだったので、もっと広い空間で泳がせてあげたら楽しそうだと考えて、こんな形になりました。
(こちらの表装は、美術雑誌「月間美術」から選定され、表彰して頂きました)






普通、プロの表具屋さんの場合には、お客さんから、好みやセンスを信頼されて品物
(本紙)を預かるのですから、奇抜さを主張する大胆な表装は難しいのです。
ところが、シロウトでも、自分の所有する本紙ならば、何をするのも自由なのです。
更に、正麩糊を使うので、例え失敗したとしても、濡らせば直ぐに剥がせて、幾度でも
やり直し可能で、安心なのです。

掛け軸は、①巻いて保管出来ること(裏打ちの糊が強くて固過ぎると、巻けずに折れますし、絵の具が厚過ぎると剥落し易いので不可)、②本紙を傷め難い素材を使うこと(酸性の糊や紙を使った場合、経年劣化で本紙が酸性化して脆くなり、粉々になることがあるので不可)、③湿らせても絵の具が滲まないこと(基本的に「日本画」は膠と岩絵の具の画なので、膠が弱いと滲んで将来の修復に絶えられないので不可)等の基本的なルールさえ守れば、比較的自由なアレンジが可能な日本の優れた伝統文化です。それと同時に、本紙の魅力を最大限に引き立てる使命も担っています。
コンパクトに巻いて仕舞える便利さは、海外からも注目を集めつつあるので、今一度その素晴らしさを見直すべき時期に来ているのではないかと思われます。

ただ、「日本画」だけを見ると、その技法(岩絵の具などを膠で解いて紙や絹などの基底材に塗る;膠画)は元々は中国から伝来したものでしたが、扱う画題や画風が長い間に日本風な様式に変わって来たためそう呼ばれているようで、定義の説得力には幾分弱さを感じます。

例えば「ラーメン」は中華風なので、日本で生まれたのに、日本料理とは呼ばれない事と、逆の意味で共通の違和感がありそう・・・。






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by Ru_p | 2014-08-20 22:54 | アート・コレクション | Comments(0)

赤鬼の滝 (芦雪)

長澤芦雪筆 (不動七重滝の図) 14009 39x104
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画は、吉野からの大峰奥駈け道と呼ばれる熊野古道の一つが近くを通り、古くから修験道の聖地とされて来た大峰山脈の前鬼川にある、「日本の滝百選」にも選ばれている「前鬼山不動七重の滝」(吉野熊野国立公園の特別地域;奈良県吉野郡下北山村)の様です。
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ここの滝は、峠の道からも見えるのですが、好奇心の強かった蘆雪ならば、少しでも滝壺の近くにまで踏み入って写生しようとしたのではないのかと思われます。京都の一流絵師だった芦雪が敢えて険しい道を越えて、こんな奥地の滝を眺めに来ることには、既に大きな決断や覚悟を要していたことでしょうから。

前鬼川には、他にも三重の滝などがあり、それらの滝は、それ自体も信仰(山岳信仰と仏教が習合した修験道で)の対象だったそうです。
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この画の作画時期は、芦雪の南紀滞在中ではなく、彼の晩年に近い頃(落款印章の右上が欠けているので、満38歳以降;1792年~1799年の間)の様です。
おそらく南紀滞在中に実際に目にしてスケッチした画を持ち帰り、それを基に後日改めて描きなおした物と思われますが、基のスケッチが何時描かれたのかは、資料不足なので厳密には分かりません。
ただ、この画を見ていると、芦雪がこの険しい山奥にまで、自分の足を運んで自分の目で見たことは、確かなのだろうと思われます。(芦雪の足取りには謎が多いのですが、ここにも立ち寄った事の証拠には!/近景の樹木を見て、冬枯れの時季の様ですので、天明7年の冬、南紀から京都への帰路の途中と考えるのが合理的なのですが、となるとその道順は・・?)



滝の画は特に中世以降、李白が吟じた詩「望廬山観瀑」に憧れた日本の絵師達に好まれて、画題として盛んに扱われて来ました。(例えば、谷文晁もこれと酷似の構図の画をバーク・コレクションに見る事が出来ます)




※前鬼:
役行者が従えていたとされる「前鬼・後鬼」と呼ばれた夫婦の鬼の夫の方で、赤鬼として表されることがあるそうです。また、妻で青鬼ともされる後鬼は奈良県吉野郡天川村(直線距離で約20kmと近い)の出身とされているのだそうです。















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by Ru_p | 2014-07-06 14:16 | アート・コレクション | Comments(0)

桂山の彫り駒

桂山作 淇洲書彫りの駒
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王将と玉将に彫られた銘
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これを彫った『桂山』(本名;水戸常丸;故人)は、山形県にいた将棋駒の彫り師でした。

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(今でも多くの根強いファンがいる人気の彫り師なのだそうです)

その昔(昭和の時代)、仕事の関係で山形県の天童付近に半年間近く滞在していた時、何気なく立ち寄った将棋駒専門店でこれを目にして、強く衝撃を受けました。
しかし、価格がとても高かった(当時の手取り数ヶ月分位)ので、とても買えるとは思っていませんでした。
以後は、もっと手頃な額で、気に入る駒が見付からないのか? と考え、他の将棋駒専門店をも頻繁に見て回る様になっていましたが、この駒ほどの癒やしを感じる駒には出会いませんでした。気が付くと、頻繁にこの駒のある店を訪れる様になり、店主とも親しい仲になっていました。
(魅力的な『桂山』の駒を、個人的に高く評価し、目の保養のつもりで立ち寄っていました)


私がそれほど気に入ったことは、何時しか店主とも親交の厚かった当の桂山氏の耳にも届き、気をよくしたご当人から、ある時に様々な情報を聞く機会が出来ました。
この駒の材料となった重くて美しい木材(最後まで教えてくれませんでしたし、否定されたのですが、紫檀に似ています)は大変に珍しく、また、とても固かったので、極めて正確な彫りの技術と、とてつもない集中力が必要だったのだそうです。同じ材質の駒は、入手できた材料の制約から、この世に二組しか存在せず、今後はもう彫る事はない、とのことでした(そのもう一組でこれの弟分に当たる設定の駒は、私が出会う数日前に、東京から来たお客さんが、気に入って、既に買ってしまった直ぐ後だったのだとか)。
桂山氏は、この材質の駒の為に、漆の耐久性試験で、自から煮たり揚げたりと様々な工夫を行ない、全く問題が無いことの納得を得ていたそうで、そんな話から、仕事に対しての強い責任感と熱い情熱を持った人柄が感じられました。

この淇洲彫りの駒は、仕上がりまでに大変な労力と情熱を掛けた品物だったので、彫り埋めでなく、更にランクの高い「盛り上げ」仕様(専門職への外注)にも、その気になれば出来たのだそうですが、敢えてしなかった様でした(私も、盛り上げという仕様は、彫りの良さが隠れてしまい、将棋を指す時にも、文字の漆の盛り上がった部分が盤面と摺れる様な不安を感じるので、個人的に好みではありません)。おそらく桂山氏は、彫り師として、拘って作った品の価値を理解してくれる人がいてくれて、嬉しかったことと思います。

山形滞在も終わりが迫った或る日、既にすっかり仲良くなっていた店主から「作者との相談で、この駒を破格で譲っても構わないことにした」との話がありました。結局、『桂山』の精と魂がこもったこの駒は、驚く様な超破格で手に入れる事が出来て、山形の好い想い出となりました。


私は嬉しくなり、その半月後にも、普通の(楽に彫った?)桂山作の彫り駒(水無瀬)も、実際に将棋を指す目的で、一組買い足しましたが、そちらは残念ながら通常相場位でしか売ってもらえませんでした。
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実は、私は将棋が弱いので、同レベルの相手に恵まれず、家では眺めるだけで、たったの数回しか使った事がありません。

 これでは、持ち腐れと言われても・・・



※将棋の駒は普通、予備の歩が1枚あり、合計41枚なのですが、桂山の場合には、予備の歩が2枚有るので合計42枚となるのが特徴なのだそうです。

 他の彫り師でも、ちょっと良い駒の場合には、そう言うことが有るらしいです。











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by Ru_p | 2014-07-03 08:48 | アート・コレクション | Comments(0)

蘆雪の仔犬

長沢芦雪 筆 「仔犬の図」 絹本 14004 34x102.5
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江戸時代の人達も、こんな可愛い子犬を見れば、当然癒されたことでしょう。
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子犬の画の可愛らしさでは、師匠の応挙も得意な題材だった様で、とても有名です。
意図的にそれらに習って描く練習を重ねていたのでしょうから、全体の構図や体形等似た雰囲気になって当然なのですが、この画の表情には優しさ(芦雪らしい愛情)が表れているので好きです。



















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by Ru_p | 2014-06-03 00:07 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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