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カテゴリ:アート・コレクション( 124 )

芦雪の 『目』

魅力的な目の狐。     08016

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厳密には「白蔵主(はくぞうす)」と呼ばれる僧に化けた狐(法衣を纏い、体の前に杖をつく姿の狐)。
狂言では「釣狐」の題目で古くから演じられていたようです。

芦雪の「白蔵主」にはもっと人に近いバージョンで「幽霊・髑髏仔犬・白蔵主三幅対」と言う題の作品もあり、本や展示会でも紹介されていた様ですが、雰囲気は全く異なります。

芦雪が昔話を題材にした作品は他にも幾つかあるのですが、おそらくこの話もその時代ではトレンディーだったのでしょう。












長沢芦雪 筆、「白蔵主(はくぞうす)図」





簡潔な筆遣いながら、芦雪の技量の高さを示す大好きな作品の一つです。
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ただ、この画にはなぜ足が描かれていないのでしょうね・・・・?











長沢芦雪 筆「白蔵主の図」→
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by Ru_p | 2012-05-27 00:02 | アート・コレクション | Comments(0)

芦雪の鷺

   08039
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これは 長沢芦雪 筆「花鳥図屏風」として描かれた画の一部分ですが、目がアニメチックで可愛らしく描かれているので好きです。
いわゆる「カメラ目線」のポーズで、正面から描いても鳥の顔に見えることが面白いし、ヒョウキンな表情がいい。
伊藤若冲もこのような構図をためらいなく描いていましたが、写生や観察を積み重ねて初めて得られる自信の表れのような気がします。とは言っても表情と言うものは図らずも描く人の人柄が現れてしまうもので、他人が真似ようとしても難しく、その人固有に持ち合わせる「顔」に近付いて描けてしまうものだと思います。
だから私は、芦雪の描く顔、特に目の表情が好きなのかもしれません。















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by Ru_p | 2012-05-26 08:21 | アート・コレクション | Comments(0)

芦雪の動物 (雀)

「群雀と落穂の図」 長沢芦雪 筆    07038
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長沢蘆雪と言えば、大胆な構図と潔く思い切った延びのある描線が一つの特徴ですが、愛らしくひょうきんな顔の動物画も数多く描いてます。美術館展示や出版物でもしばしば取り上げられて来たようで、私はそれらの動物の目の優しい表情が特に好きです。

蘆雪は動物や子供が大好きな性格だったらしく、慈しみの情が伝わって来る作品を多く残しています。
ただ、中には酔って描いたとしか思へないような駄作(?)もあり、一概に良い評価だけを下しにくいですが、それらも含めて愛着を感じている大好きな絵師です。









雀たちの表情が実にすばらしく、自由自在な角度から捉え、雀の気持ちまで描写されている様です。様々な角度からの観察と写生の修練の成果なのでしょうがさすがです。
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雀(鳥)・犬・虎(ねこ)・牛には特に親しみを感じていたらしく、表情豊かな優品が多く残っているようです。












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by Ru_p | 2012-05-19 07:26 | アート・コレクション | Comments(0)

蕪村 ついで

俳画をもう一つ

紙の質は漉き返しの粗悪品。落款の印象部分を□と描いて省略してあります。
俳人の名前も省略したりで、雑な筆遣い。   09027
e0259194_023768.jpg

俳諧の巨匠;芭蕉・其角・嵐雪の三人の姿と彼らの代表的な句を配した画。
人物は『没後220年蕪村』展画集の「俳師十哲」の一部と同じ構図。
「俳師三哲」とでも呼びましょうか(こちらの方が画が大きいので描写は精細)。
真筆だとは思いますが、虫食いシワシワのまま長年放置してありましたので、鑑賞用の画としてでなく、参考資料としています。

画と俳句は右から
①おもしろふて やかてかなしき 鵜ふね哉  翁(芭蕉)
②千鳥なく 加茂川越へて 鉢たたき  其角
③ふとんきて 寝たるすかたや 東山  (嵐雪)

ここで、②は其角の原作では「千鳥なく・・」ではなく「千鳥たつ・・」なので、蕪村の勘違いなのでしょうか。それに、冬と夏の句を一緒に並べるところは内容をあまり重視してないからでしょう。画から感じられることとして、蕪村はある面で大らかな捕らえ方をする性格だったのでしょう。












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by Ru_p | 2012-04-29 06:00 | アート・コレクション | Comments(0)

宜??(蕪村)

魚売り舟の山水図  謝春星筆 (画質調整済) 絹本 49.6x36.4 12005
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じつに穏やかで楽しそうな日常の一場面。勝手な想像ですが、遠い山の霞や人物の衣装、それに大漁の魚から、初夏の早朝を感じます。

画のもっと右上の方に実は「謝春星」の落款と「壬辰冬写於夜半亭中」との記述があります。どうやらその場で見たの情景と言うよりも、記憶と心象(近郊の夏の渓流風景?)を重ねて描いた山水画なのではないかと思います。(「謝春星」は、与謝蕪村の絵師としての雅号で、俳画で俳人の場合の雅号を「蕪村」として使い分けていました)

「壬辰冬」は干支から明和9年(西暦1772年)の冬(10~12月)に当たり、蕪村が57歳の頃の作と言うことになりそうです。また、池大雅との共作で有名な十便十宜図(大きさがこれの約6分の1程度だった)が描かれた約1年後に当たります。
(この頃元号が明和から安永に変わったので、元号を安永と書かないと言うことが、まだ明和の年の末で、10月から11月16日の改元以前の作とも考えられますが??)

ここの人物の姿に中国の香りを感じるのは、蕪村が中国文人画に憧れて大きな影響を受けていたからでしょうが、それならば、優しそうな庵の亭主には蕪村翁自身を投影したと解釈すべきなのでしょうか?つまり、ここでの登場人物がある意味では洒落た「隠し落款」のつもりでもあったのかも知れませんね。

魚を売ろうとする老女とそれを秤で検めようとする庵主の表情からはまるで会話までが聞こえて来そうです。若くて寡黙そうな船頭は老女の息子かと思われますが、舟が流されない様に川底に立てる竿の様子からは、深さや水量までも想像されます。また、庵の奥から優しそうな眼差しで亭主を見守る夫人の表情からは、幸せな生活の安堵感が窺えます。心に描いた理想の情景の様で、とても楽しそうな雰囲気の画です。おそらく、絵師自身も楽しみ遊びながら描いていたことでしょう。(池大雅の釣便図とも似た長閑な雰囲気が感じられます)

これは古い画なので、真筆かどうかは不明(真筆の場合でも誰も立証は出来ません)ですが、作者が真摯な気持ちで描いたことは伝わってきます。風で竹の葉の摺れる音や、川の爽やかな水音までが聞こえて来る様に画の中に引き込まれる、好きな画です。



e0259194_12303738.jpg上の画像は写真編集ソフトで見やすく調整し直した物で、色修正前の実物の画は、まだ染み抜き洗浄していないので、経年のため右の様に色焼けで赤・黄色が濃く暗い見苦しい物で、参考として載せます。
































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by Ru_p | 2012-04-26 21:32 | アート・コレクション | Comments(0)

謎の句(与謝蕪村)

今ひとつ俳句としての意味が掴みにくいと言われる、
「時雨るゝや蓑買ふ人のまことより」
という蕪村の作った謎の句があるそうです。
(原文未確認ですが、意味不詳として有名)

    09025
e0259194_14195589.jpg右の画には蕪村の落款があり、それに似た句が書かれています。

旧仮名の読み方はおそらく、
「者つしく連 蓑かふ人の 真よ李」
で、現代の平仮名に置き換えると、
「はつしぐれ 蓑かう人の まことより」
となり、上記の謎の句とよく似ていることに気付きます。

絶えず自作の句には見直しや修正を検討し続けていたでしょうから、こんな形で別バージョンの句を残したのかも知れません。

この句は自作俳画への自賛なので(俳人としての落款の「蕪村」とあるので)、当然画と句はリンクしているはずです。ですから、画からも句の意味が読み取れて当然と思われます。

更に漢字を加えた現代語訳に直した場合に、
「初時雨 蓑かう人の まことより」
だとすれば、強く降る秋の冷たい雨や疾風を、必死に蓑と笠を交って(又は、手で支ってか?)絶え凌ぎながら働き続ける人の姿と一致してくれそうです。

蕪村が崇拝していた芭蕉の「貴さや 雪降らぬ日も 蓑と笠」や「ふらずとも 竹植うる日は 蓑と笠 」という句の影響を受けたと考えられますが、この画の登場人物ならば、そんな蓑や笠ならばったりせず自分等で作った事と思われます。


『初時雨』は今日では冬の季語だそうですが、蕪村の崇拝した芭蕉の有名な「初しぐれ猿も小蓑をほしげ也」の句は9月(旧暦)に詠まれた歌らしいので、秋であっても使ったのかもしれないと判断してみました。


   
















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下敷きの畳の目の凹凸を利用して、本紙を斜めに置き、渇筆で一気に描いた雨の表現や、牛の頭と足の動きもよく観察されていて(牛は、左右の前足を出す度に頭を上下に振る様な動きをします;頭を振る反動を利用して足を持ち上げているから)、技術的にも情緒的にも優れた好きな画です。 

これでも画が自己流だったとは、蕪村という人は・・・・
















             
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by Ru_p | 2012-04-24 18:37 | アート・コレクション | Comments(0)

梅と鶴と・・  (文晁)

林逋(林和靖)の図  「 谷 文晁 筆」 11022
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林逋(りんぽ 967-1028)は、中国、北宋の文人で、病弱のために妻をめとらず、西湖の孤山に盧を作り、自ら植えた梅を妻と呼び、大切に育てた鶴を子と呼び、この両者を特に愛して隠遁生活を送った孤高の詩人だったそうです。その詩は主に、西湖辺りの自然の美しさを詠んだものらしいのですが、ご本人は書くと直ぐに捨ててしまったらしく、多くは残されていないのだそうです。画も書も得意で、学問にも世情にも精通していたので、時の皇帝からも尊敬され「和靖」の諡を賜っていたのですが、生涯出仕はしなかったそうです。

林逋の姿は、中国では画題として古くから多く描かれていたため、江戸時代の日本が中国ブームであったこともあり、それらが日本へ渡り、絵師達が競って模写したようです。上の画も梅や鶴を愛する林逋の優しそうな人柄が良く出ています。(後ろで鶴の餌を抱えている童子は、林逋の世話をした弟子でしょうか?)
中国では、文人・高士は「梅、蘭、竹、菊」等に象徴され、それ等を好むとされていたそうです。

梅と鶴いうのは個性的なので印象に残ります。(私なら猫と蘭ですが・・・世の全員が文人になったら困るのでしょうね)



江戸時代の多くの絵師群団で、この様な画の基となる唐画(中国から伝わった画)や、その模写を大切に貯えておき、その中から一部を更に写して「粉本(お手本)」として弟子等に与えたり譲ったりしていたのでしょう。ですから、世の中に全く同じ構図の作品が多数存在していたとしても不思議な事ではありません。
善意の作者によって描かれた作品であればその見分け方は、落款や筆致などで識別可能なのですが、人の識別能力にも限界があるので、意図的に作風も似せられた贋作等の場合には、誤った認定が美術史すら歪ませて来た可能性も否定は出来ないと思います。
谷文晁(たに ぶんちょう;1763年~1841年)は多彩な画法を使い分けていたので、画に必ずしも一貫した個性が見付けにくいとよく言われています。文晁も(他の主要な絵師群団の場合も)工房の門人等に自らの落款の使用を認めることがあったそうですので、『文晁』は絵師の名であると同時に、工房のブランド名の意味もあった様です。

古い画では多くの場合、真筆であっても客観的な(主観的でない)証明など出来ません(偽筆等の場合には判断可能な場合も多々有ります)。観る者を納得させられる魅力を供えていたり、時代の雰囲気を十分に伝え残す作品には相応の評価が与えられて当然の様ですが、殆どの場合それ等の根拠は鑑定者等の経験に基づく確信という主観なので、他の者が冷静に検証を試みたくても、必ずしも叶わないのが残念な事実です。

とは言っても、感動を与えてくれる古画が世の中に多数存在する事は確かな事です。時空を越えて活き続ける作者の感性と共鳴する様に、遙かな浪漫の世界に浸れる時間を楽しめるのですから。












【参考】
「文晁筆」とされ、上の画とほぼ同一構図の作品(福島県立博物館所蔵)e0259194_645410.jpg

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by Ru_p | 2012-03-21 12:25 | アート・コレクション | Comments(0)

不動さん

    11034
e0259194_1750726.jpg

『不動明王』
ウィキペディアによるとその像容は
【右手に降魔の三鈷剣(魔を退散させると同時に人々の煩悩を断ち切る)、左手に羂索(けんじゃく。悪を縛り上げ、また煩悩から抜け出せない人々を救い上げるための投げ縄のようなもの)を握りしめ、背に迦楼羅焔(かるらえん。迦楼羅の形をした炎)を背負い、憤怒の相で粗岩(磐石、ばんじゃく。「金剛石」とあるのでダイヤモンドの原石である)の上に座して「一切の人々を救うまではここを動かじ」と決意する姿・・】
とあります。
庭に置かれたこの古くて小さい石の仏像は、右手の利剣も左手の羂索も火炎光背も一部が欠損していますが、それゆえ更に存在感を主張しているようにも見えます。。
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by Ru_p | 2012-03-20 17:21 | アート・コレクション | Comments(0)

着飾る役者(江戸風俗)

 伝 鳥居清信(二世?)筆 「陰間男色図」 11006
e0259194_17222138.jpg江戸時代には娯楽の代表が芝居でしたので、役者は大変な人気者だったそうです。
ただ、全ての役者という訳ではないので、生計を立てるために副業をする者も多かったようです。
若い男優の多くは今で言うホストのアルバイトをしていたらしいのですが、お客は封建社会制度の厳しい規制や戒律のために金は有っても自由が無く、鬱屈した生活を余儀なくされていた坊さんが多かったそうです。
ただし、そちらで人気が有ったのは十代の若者までで、二十歳を過ぎると、急に人気が下がったそうです。

e0259194_17473792.jpg
この画がどの様な状況でどの様な人物を描いたものなのか、資料不足で厳密には検証する事が出来ませんが、名のある絵師が大金を得て描いたものらしく、とても高価な岩絵の具が多彩に使われている事が気になります。

e0259194_03013605.jpg
落款(署名は無ありません)の印章は、「清信」と読めるのですが、、初期の鳥居派の絵師達に関しては、その素性の情報が乏しく、諸説の交錯もあるので、清信(初代・二世に限らず)に関しても謎だらけです。初代鳥居清信を祖となる鳥居派は、初代清信の父親(鳥居派元祖の清元)の代から芝居の業界との繋がりが特に強く、役者絵や看板画の分野では現在に至るまでの約300年間、他派の参入を許さなかったと云われる名門の絵師集団でしたので、一派に不都合となり得た情報が、ことごとく伏せられてしまっていたとも考えられます。



この画が二世鳥居清信(1702~1752)の作だとすると、当然同じ派の後輩等にも技法や構成の踏襲がなされたと想像されます。
例えば、二世鳥居清信の死後に、八頭身を超える長身の美人画で名を馳せた鳥居派四代目の鳥居清長(1752~1815)の美形人物画の作風にも似て見えます。
この画は、男性を描いたものなのですが、雰囲気が女性的ですので、鳥居清長の美人画のスタイルに何らかのインスピレーションを与えた可能性も考えられそうです。








【参考】
二代鳥居清信画 瀬川菊治郎 (女形) 1744年(清信42歳の時)
(東京国立博物館蔵より部分)
e0259194_15352368.jpg顔の雰囲気は、上の画とも似て・・


































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by Ru_p | 2012-03-18 17:30 | アート・コレクション | Comments(0)

井上有一 が

某ビル地下に展示されていた作品を撮影してしまいました。。
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 『戒(カイ)』  (カタログレゾネ 『全書業』 Vol.3 による CRNo.82029) 

勢いのある書きっぷりはサスガなのですが、有一さんにしては珍しく上質な墨と紙で素直に読めそうな文字です。(若い頃に、画家を目指そうとした事も有った彼の作品には、抽象画の様にしか見えない『書』も多いので)

これは、23回の「狼涙忌」(有一さんの命日1985年6月15日を偲ぶ法要)の時に南池袋の日蓮宗法明寺に掛けられていた軸なのだそうです。
制作時の1982年には既に体力が衰えて来たためか、それ以降一字書の制作が減ったり、衰えた体力でも書ける画数の少ない「上」などの文字(毛筆が減り、木炭やコンテの作品が増え)に変わって行った様です。

 有一さんがよく使っていた墨は、筆の軌跡を残すために「ボンドを混ぜ冷蔵庫で一晩冷やした荒い粒の物」だったそうですが、上の軸では真面目な松煙墨(※)です。
また、この紙は今は作られなくなってしまいましたが、ヒマラヤ中腹でしか採れない植物『ロクタ』で作られた当時特殊だった輸入品のチベット紙。その昔有一さんの崇拝した弘法大師も使っていたとも言うことで、有一さんはさぞや気を引き締めて書に臨んだのではないかと思われ、それゆえか比較的読み易い字にも見えます。(ロクタの紙は、チベット密教の経典などにも使われて来た紙だそうです)
チベット紙は、他の有一作品では『杉』など僅かしか使われていませんが、それ等には比較的デフォルメの少ない文字が多いことにカタログレゾネ『全書行』を見ていると気付きます。(チベット紙では、1981~1982に縦横60センチ前後の1サイズのみで書いていた様です/収入の殆どを高額な紙や墨に費やしてしまい、生活には困窮していたのだそうですが、協力者だった奥さんの理解と努力が支えていた様です)

有一さんは生前、自からが半生で書き貯めた全作品(全書業にある「3237点」の作品とその他の・・)を、美術評論家で友人の海上雅臣氏に潔く託しました。海上氏はそれ等を十年間掛けて、カタログレゾネ『全書業』(全三巻)としてまとめたのだそうです。(全作品のレゾネが存在する作家は世界的にも他に類を見ないのだそうです;作者の遺志で全作品として載せられたので、それ以外の墨跡は自分の作品と認められずとも構わないと言う意味なのだそうです;近年実際にそれらしい偽筆が多数出回っているようですので更に重要な意味を持って来たようです)

e0259194_15414598.jpg
これに掲載された作品の何割かは、残念ながら既にこの世から失われてしまったらしいので、今後はこのカタログレゾネだけでしか見られない作品も数多いそうです。
(カタログレゾネ『全書業』は、出版時に僅かな限定数以外、予約指名での頒布だったので、今では入手が極めて困難ですが、井上有一の研究には必須の資料です/まだ、コンピューターが製本に普及する前だったので、編纂は大変な苦労だった事でしょう)

有一さんの書は、その時の気分だけで筆を運んだ訳ではなく、その字の形を幾つも下書きして設計図を作り、納得してから清書に臨み、気に入った物だけを数日間検討した後更に絞ると言う手順を踏んでいたので、数十分の一しか残さなかったことが日記にはあるそうです。


漢字の発生段階には必ずしも問われる事が無かったのに、今日の「書道」では当然の様に追求される「書き順」は、一度身に着いてしまうと、常に縛られてしまい、自由な「表現」の為に敢えて破る事は、「書の解放」を訴え続けた有一さんにとっても、さぞや難しかった事だろうと思われます。(一般的な墨跡を見ると、書き順が先になる部分はその後に重ねた筆跡よりも手前に見えます。これは、一瞬でも先に紙に触れた墨が染み込んでしまうと後からの墨を紙が吸い込まない為、その跡は濃く見えなくなるという性質に依ります。ですから、この見方で、墨跡の書き順を知る事が出来ます。ところが、有一さんの「ボンド墨」の場合には、紙への吸い込みが妨げられている様で、後から描いた部分が上に見えるという現象が起こっています)

この『戒』(カイ)という字は『戈』が矛の様な武器で『廾』は両方の手の形を表わすとか、

・・・・・好きな作家の、気に入った作品の一つです。   












我々から見れば文字なのですが、漢字圏外の人から見れば、抽象画なのかな・・・





【参考】
ロクタ紙(チベット紙)の作品を接写してみた画像
e0259194_19232808.jpg
紙の漉ムラなのでしょうが、それが作品を面白く見せ・・・


※松煙墨:松を燃やした煤と膠を原材料として使い、表面がマットで墨色が清々しく、淡墨でも趣があるという特徴がある様です(松の育った場所の条件により、鉄分などの含有量が多いと、赤味が増すなど、墨色に変化は有ります)。昔は、その原材料の松は非常に安価で入手が容易でしたが、今日では逆に入手が困難になってしまい、製墨業者も新に作ると採算が合わなくなってしまうそうです。
それに対して、油煙墨は、原料に(以前は)割高だった菜種油などの煤と膠で作られ、黒が濃く艶が有る様に見える特徴があるので、帳簿や写経・公式書類など濃墨で使われる事が多かった様です。
ただ、実際には、製墨業者が「油三・七松」と言って70%近くまで松煙僕を混入して納入しても気付かれないと言われていたので、混ぜて作られた墨が多く、材料を厳密に見極めるのは、難かしい場合が多々あります。
近年は、安価な重油の煤が多く使われる様になり(これは油煙墨とは呼ばない)ましたが、もう一つの原料である良質の膠の供給量が激減してしまい、古い時代の墨は、急激に得がたくなって来た様です。













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by Ru_p | 2012-03-16 12:08 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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