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鬼の姿 (芦雪)

長沢芦雪筆 (ムーチー)を食べる鬼  紙本 27.5×63 16016_R29
鬼の姿 (芦雪)_e0259194_15520626.jpg


『鬼』は伝説上の(架空の)存在なので、誰も実物を見る事は出来ませんが、
どこかで画などを見た記憶があれば、似た様には描けた事でしょう。

既に平安から室町時代には「鬼門」と呼ばれた北東方向を意味する言葉の別名(丑寅:うしとら)に含まれる文字に由来して、『鬼』は、牛と虎との特徴(角・牙・皮の柄など)を組合せた姿とされていて、今日広く定着している『鬼』のイメージと、殆ど変わっていなかった様です。
そして、最も人に憎まれるべき『悪役』の代名詞でもありました。

この「餅を食べる鬼」という画題は、琉球(沖縄の古い呼び名)の伝説が参考にされた、と考えられます。

その伝説は、琉球の舜天王(初代の王)の時代(12~13世紀頃?)の出来事で、年寄りからの伝承の記録(遺老傳記)として、18世紀(1745年)に編纂された歴史資料「球陽」の中等にも、漢文で残されている様です。
(他にも何系統かの歴史資料で伝えられて来た様です)

この『鬼』が食べようとしている大きな餅は、画の描かれた江戸時代の沖縄では、一般家庭でも「鬼餅(ムーチー)」と呼ばれる縁起物として食す習慣が、既に広まっていた様です。
当時の日本本土では、まだ殆ど馴染みの無い昔話だったのでしょうが、琉球側では古くから日本(特に朝廷)との人的交流が盛んでしたので、この話もその辺りから、京都に住んでいた長沢芦雪(1754~1799)にまで伝わり、画題にされたのでしょう。
(江戸時代の日本では「中国」の他にも「琉球」のブームもあって)


おそらく芦雪は、需要の多かった縁起物の画題なので、描いてみたのではないか、と考えられます。
(芦雪は、何故か他にも珍しい昔話を題材とした画を、沢山描き残していますが、今日では、それらの多くは、見て想像を膨らませる以外に、真の作画意図を知る術が失われてしまった様です)

(参考のために)その歴史資料の 「球陽」の中での昔話の概要は、

「首里の金城村の同じ家に、親を亡くした兄妹が住んでいました。
後にその兄の方は、大里の北の洞窟に移り住みましたが、人を殺してその肉を食べる『鬼』に変貌し、人々から恐れられていました。
妹は、自分やその子までもが、その『鬼』に狙われてしまう事を憂慮して、自ら『鬼』を倒す決意をしました。
妹は、昔兄が好物だった餅の中に『鉄』を入れ(原文では「餅内装鉄丸」)、兄(『鬼』)を崖の上に座らせて、その餅を勧めました。
(『鬼』)は、その餅や、妹の言動に動揺して、足を踏み外し、崖から落ちて、死んでしまいました。
村には平穏が戻り、その後、毎年12月には、神に餅を供え、皆が餅を食べて祝う『鬼餅節』の習慣が始まりました。」

と言うのが、元々の昔話の大筋です。
(漢文でしたので、下の「参考②」に、読み下し試行した文も載せました)

つまり、この昔話こそが、今日の沖縄の各家庭で、旧暦12月8日に、「鬼餅」を縁起物として食べる習慣が広まった由来の様です。


しかしながら、この伝説には少々疑問が感じられます。


その妹は、餅の内に入れられた「鉄」程度の効果で、強そうな鬼を本当に倒せると思ったのでしょうか?
困窮したとはいえ、『鬼』を倒せそうな好機なのに、その程度の不確実な策に、稀少な「餅米」「鉄」「時間」をかけるのは、余りに不自然(愚か)なのでは?

何十世代もの長い間に語り継がれて来たのでしょうから、元々の話が徐々に変化して伝えられて来た可能性が大きそうですし、編纂当時頃までの琉球では平仮名(表音文字)は普及していても、漢字は未だ未成熟だったでしょうから、聞き取って記録した内容(文字など)に怪しい部分があったとしても、必ずしも不思議な事ではありません。(文字の無かった琉球では、漢字が通用し始めてから、まだあまり長くは経っていなかったはず/また、この伝説の編纂時に、聞き取り対象となった老人の信じていた話だけに、誤った解釈があった可能性も考えられます)

そこで、琉球ならば簡単に入手可能だった、有名な毒性植物の蘇鉄(ソテツ)の存在が思い浮かび、上の話の原文での「餅内装鉄丸」が「餅内蘇鉄丸(丸には「粒」の意味もあるので、実の事だったと解釈)からの伝承ミス(読みの音も似ている為)だった可能性を想定してみました。

蘇鉄(ソテツ)は、18世紀以降の琉球では、種子を水に晒して毒を抜き、飢饉時にそのデンプンを非常食にする方法も普及しましたが、この説伝の時代(12〜13世紀頃?)では、まだ、食べれば死ぬ事のある 強い毒 (サイカシンを含む)の植物だと思われていた事でしょう。
(食後はメチルアゾキシメタノールに変化し易いので、酒で悪酔いしたのと似た経過を辿るので、『鬼』が足を踏み外す原因ともなり得そう/牛が誤食して死ぬ例も有り

「妹」に、当時の常識があったなら、この事を知っていたでしょうら、武器としてなら、こちらを選ぶのが当然だったでしょう。
また、秋から冬にかけて朱色の実(種子)が稔りますので、この説伝で『鬼』が退治された旧暦12月にも近く、益々つじつまが合います。

更に、琉球にとって、歴史的には日本よりも繋がりの深かった中国では、蘇鉄(ソテツ)は「鉄樹」という名でも呼ばれていたので、仮に、蘇鉄を「鉄」と表現していたのだとしても、不思議は無さそうです。

(現実に蘇鉄でなく、単なる「鉄」を使ったのならば、重さの違和感で鬼に気付かれてしまったでしょうし、「鉄」には全く毒性が無いので、余りにも不自然な選択だったはずです)


そこで餅の中味の事ですが、
「装(そう)」の一文字が、「蘇(そ)」に置き替われば(置き戻す?)
更に説得力の有る鬼退治のストーリーが 成立して、、、 メデタシ


(まあ、どちらにしても現代人の日常に大きな影響はないでしょうが、こんな単純な推理が、今まで誰にも指摘されてなかった事が、どうにも不思議に思われてしまいます)









この伝説が、どこまで原文に近く、芦雪に伝えられたのかは不明です。
と言うよりも、そんな悲劇だったと判っていたなら、芦雪は画題には選ばなかったのではないかと思われます。

おそらく、縁起物だった「節分の豆」が、単に「餅」に入れ替わった程度の話と捉えて、これ程楽しそうで漫画的な鬼に描いたのではないかと思われます。
(現実に人が『鬼』の姿に変化するなど考えにくい事でしょうし)


そこで、この画の『鬼』をもう一度見直すと、
筋肉モリモリなのに、やんちゃ坊主の様な、愛嬌のあるお茶目顔、
立て膝もカワイイ

・・・ーちゃん??
(駄洒落になりましたが、そんな雰囲気もあり)

(芦雪の描いた生き物の画では、多くが可愛らしい)






描かれた人物は、往々にして描き手に似てしまうとも言われますが、
その頃の芦雪って、こんな雰囲気だったのでしょうか? 
(まるで、謾画の様ですが )





鬼の姿 (芦雪)_e0259194_12532629.jpg《※1》この画の落款印は芦雪の寛政以降の作品に使われていた物の様ですが、摩耗が少な目なので、30代後半頃に押されたのでしょうか。(朱文蒲鉾形連印 A)

その頃の芦雪ですと、父親や幼い子供達を相次いで亡くし、暗く悲しい時期だったのかも知れませんが・・・・。

画の方は、どこまで話(伝説)を理解していたのか判りませんが、芦雪にしては、勢いだけでなく、比較的丁寧に描いた様にも見えます。









 【参考①】
沖縄では、餅(モチ)を「ムーチー」と呼んでいたのですが、地理的に比較的近い台湾では、「モワチー(môa-chî)」と呼ばれているそうで、似ていますので、言葉の起原の関連が感じられます。



 【参考②】
〔「球陽」漢文の読み下し試行〕
附。遺老伝に記す、首里内金城邑に一兄一妹有り。兄の名は伝はらず。妹に一女有り、名づけて於太と叫ぶ。故に於太阿母と称す。同に一宅に住す。其の宅、今干して、封じて小嶽と為す。次後、兄は大里郡北洞中に遷居し、時々人を殺して肉を吃ふ。村人、大里鬼と叫ぶ。妹、偶往きて問候するも、家に在らず。但竃上の釜中に人肉を煮るを見る。妹、驚き走りて、中途に兄に遇ふ。兄曰く、汝何ぞ急ぎ帰るや。我に美肉有り、汝に吃はしめんとすと。妹曰く、家に要事有りと。兄、強ひて之れを留む。妹、詞の辞すべき無く、同じく兄の家に到る。忽ち奇謀を設け、密かに懐内の孩女の腿を摂して、他をして大いに哭かしむ。兄之れを問ふ。妹曰く、此の孩、便を下すを要む。請ふ、暫く窓外に到り便を下さんと。兄曰く、家の裏に便を下すも、亦何ぞ妨げんやと。妹曰く、家の裏に便を下すは禮に非ずと。外に出んと堅く請ふ。兄即ち小繩を以て妹の手を縛る。茅厮に行かしむ。妹、其の小繩を将て樹枝上に掛け、遂に逃去を為す。兄、妹の回るの遅きを疑ひ、出でて之れを視るに、果然在らず。北嶺に趕ひ到る。大いに我に等しかれと叫ぶ。妹、猛虎跑来の如き一般。匍匐而して去る。因て其の地を叫んで等川と曰ふ。又其の嶺を叫んで生死坂と曰ふ。厥の後、兄、妹を問候して首里に来る。妹、遽かに一計を為し、兄に請ふて岸上に坐せしむ。即ち作らむ鉄餅七顆。糯米にて、内に装(⇒蘇?)鉄丸の餅を為す。蒜七根、且米餅七顆。蒜七根を、鉄餅並びに蒜を兄に給す。《※2》鬼人吃はんとして能はず。時に妹、前裙を開きて兄の前に箕居す。兄、怪しんで之れに問ふ。妹曰く、吾が身に二口有り。下口は能く鬼を喰ひ、上口は能く餅を喰ふと。即ち餅と蒜とを吃ふ。兄、大いに驚きて慌忙し、跌落して後岸にて死す。是れに由りて毎年十二月、必ず吉を択び、国人皆餅を作りて之れを吃ひ、以て其の鬼災を避くの賀に倣ふと爾云ふ。鬼餅節は自ずと此れよりして始まる。但首里内金城邑は、素と有り、毎年十二月の内に六次鬼餅を作り、神に献じて以て之れを吃ふ。而して今、十二月の初庚日に一次、又の庚日に一次。松川地頭は共計二次、必ず与那覇堂の田米二斗五升を出し、以て根神人に与ふ。根神人は即ち鬼餅を作りて小嶽に供祭す。其の田や、松川里主地に係る。



《※2》の部分は、如何にも不自然な展開なので、遺老に伝承される前に、話を面白く誇張する目的で、誰かの脚色が加えられて伝承された可能性がうかがえます。
「鉄」から「蘇鉄」への置き換え修正と共に、この《※2》の部分を、削除修正すれば、話全体の現実味が増して、納得出来る様に変わると思われますが、いかがでしょう?


(「昔、鬼の様な人がいたが、鬼餅で退治出来た」
   という話として・・・)










ゆるかわゆい
by Ru_p | 2016-06-16 21:02 | アート・コレクション | Comments(1)
Commented by puh at 2016-09-09 12:21 x
この鬼の顔、よく見ると、ルさんに似ていません?
蘆雪の鬼が好きなようですから段々似てきたの鴨。


妄想猫の気まぐれ記(ジユウビョウドウ)


by Ru_p

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