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不動明王と滝 (室生寺)

不動明王立像図  10011    34.1×84.4 紙本肉筆

e0259194_15253286.jpg

長い間『香』の煙で燻され続けて来たらしく、全体に黒っぽく不鮮明になってしまっています。
(香の煙ならば水で丁寧に洗えば、成分が溶け出るので、もう少し鮮明になると期待は出来ますが・・)



取りあえずパソコンで画像調整する事で、下の様に細部まで見える様にはなりました。



















e0259194_07202823.jpg


(青不動)
e0259194_1616517.jpg

(とても古い物らしく、損傷が酷いのですが、表具を含めて、なるべくそのままの状態が残る様に保存すべきかとも思われます)

この画像を見て先ず気付いたのは、不動から見て右手側後方に滝があり、不動が立つ岩(磐石)の周りにも水が満ちている様子に描かれていることです。
不動明王は滝や水と縁がありそうな印象があるのですが、こうして一緒の画に描かれている例は必ずしも そう多くはないようです。

日本では古くから、滝の近くに「水神」として不動明王を祀る習慣がありましたので、この事と深い関係が有るのではないかと考えられます。

サンズイに「龍(竜)」の字を書いて「瀧(滝)」と言う字になる事からも、水の豊富な滝に竜の化身を重ねる見方(信仰)が起こり、滝を水源の守り神(水神)として崇める様になって行ったのではないかと考えられます。そして恐らくは、尊いその龍すらも不動明王の宝剣に「倶利伽羅竜」として巻き付いていたり、光背の火炎の中に棲む迦楼羅(鳥人神)が竜を捕食すると言われることで、更に強大な力を持つであろう不動明王(「大日如来の化身」と言われる)が、水神の象徴として、祀られる様になってきたのではないかと考えられます。
(全国的にも滝の名前には、「不動」の字の付くものが際だって多くあります)

日本の農業(米作り)にとって大切な水(水源)は日照りで涸れたりすれば一大事でしたので、「神頼み」は当然行われ続けて来た事でしょう。


この画(軸)の裏面には「不動明王 室生寺什物」との表記が見られます。
e0259194_2331244.jpg
室生寺のある地域は、近くに多雨で有名な大台ケ原もあることから特に雨が多かった様です。
そして、室生寺周辺には沢山の滝があります。


室生寺の歴史は非常に古く、その前身は奈良時代(6世紀頃?;伝承では680年~とも)から在り、興福寺の僧が草創に関わった事で、興福寺にも所属していた時期があったそうですが、江戸初期には真言宗の寺として独立していたそうです。


e0259194_1141307.jpg大和の東にある事で東方向の守護神は「青龍」という思想と、雨が多い地域ということが結びついて、古くから「室生山には龍神が住む」と考えられて、龍神信仰が盛行だったそうです。
(室生寺の更に東方約0.5kmには、龍神が棲むと言われる洞穴「吉祥龍穴」のある「龍穴神社」があり、古くから雨乞いが行われた聖地とされています;その昔の神仏混淆時代、室生寺とこの神社とは一体だったのでしょう;室生寺は、7世紀には「龍王寺」という称号が勅で与えられていたそうで、雨乞いの行事でも寺の名を馳せていたのだそうです)

山深い場所にあった為に、幾多の戦乱による焼失や破壊を奇跡的にも免れる事が出来た様で、室生寺が保有する尊像や、貴重な文化財の数は群を抜いています。
ただ、それ等ですら明治初期の廃仏毀釈運動で、多数の文化財を散逸(しばしば、散逸した文化財の一部が再発見され話題になっています)
してしまった残り物なのだそうです。


勝手な空想をしますと、この不動の図は、雨乞いの儀式の法具として活躍して来た貴重な尊像だったのかも知れません。(不動明王は、雨乞いの儀式に最も相応しい信仰対象でしょうから)

神社と寺とが分けられてしまった事が流失流転の原因かも知れません。恐らく無関心な什物管理者にとっては、こんな薄汚れた軸など ゴミ同然にしか見えなかった事でしょうし・・





ここで、一般的な不動明王の性格・特徴で9世紀末に天台宗の僧 『安然』が唱えた「不動十九観の儀軌」という定義を見ますと、下記の内様となっているそうです。

①大日如来の化身
②真言中に、ア・ロ・カン・マンの4字がある
常に火生三昧(かしょうざんまい)に住んでいる
肥満した童子の姿で、卑しい
頭頂に七沙髻があり、蓮華をのせている
左肩に一弁髪を垂らす
額に水波(すいは)のようなしわがある
左の目を閉じ右の目を開いている
右上の唇は下の歯で噛み、左は下唇の外に歯が出ている
口は硬く閉じている
右手に三鈷剣を持っている
左手に羂索を持っている
⑬行者の残食を食べる
大磐石の上に安座している
色が醜く青黒
奮迅して憤怒している
光背に迦楼羅炎(かるらえん)がある
倶力迦羅竜が剣にまとわりついている
両脇に2童子が侍している


この「不動十九観の儀軌」と、上の画との関連(姿形のみで)を見比べてみますと、

(符合する要素)
③;後背状に火焔が有ります。
⑥;顔の左には束ねられた弁髪が、肩まで垂れています。
⑨;歯(牙)は、左右非対称(上下向き)です。
⑩;口は、閉じた様に見えます(牙近くの唇部分以外)。
⑪;右手には「三鈷剣」を持っています。
⑫;左手に羂索を持っている
⑮;肌の色は、青黒(褐色)く見えます。
⑰;不動背後の火焔に迦楼羅焔(鳥の嘴形)が薄く見えています。

  【迦楼羅形の焰部分】(迦楼羅は以前別の記事でも紹介)
e0259194_10234457.jpg

(符合しない要素)
④;「肥満」でなく、中肉の成人体型にも近い様ですし、衣装も唐草模様のボーダー付きの洒落た着こなしに見えます。
⑤;頭頂に「七莎髻」?・・7枚ではなく8枚の蓮華が見えます。
⑦;額に、水波形シワは見えません。
⑧;両眼は、左右非対称でなく、対称で正面見開きの様です。
⑭;盤石上ですが、坐像ではなく立像です。
⑯;憤怒の相とは言い切れず、自然な表情にも見えます。
⑱;宝剣に、倶利伽羅竜は絡んでいません。
⑲;独尊像で、二童子は従えていません。


これらの特徴は、『安然』以降の不動明王の制作年代を様式から推定する上での手掛かりとなる要素なのですが、半分近くが非該当で、残り半分位だけが該当している様です。



古い物にロマンを感じて空想を膨らませる事は、楽しくてすばらしいのですが、厳密な意味での由緒解明を進めるとなると、前途は多難かも知れません。(他にも時代推定などの手段は無くはないのですが・・・)






参考になりそうなので、ウィキペディアから「不動明王」関連の解説抜粋を下に張りつけます。(斜体・青文字)


【参考】
(前略)
不動明王は一面二臂で剣と羂索(けんじゃく、縄)を持つのを基本としている(密教の図像集などには多臂の不動明王像も説かれるが、立体像として造形されることはまれである)。剣は竜(倶利伽羅竜)が巻き付いている場合もあり、この事から「倶利伽羅剣」と呼ばれている。
(中略)
また、その身体は基本的に醜い青黒い色で表現される像容が多い。これはどぶ泥の色ともいわれ、煩悩の泥の中において衆生を済度せんことを表しているといわれる。しかし底哩経などには、身体の色は青黒か赤黄とあり、頂は七髷か八葉蓮華、衣は赤土色、右牙を上に出し左牙を外側に出す、というのが一般的とされる。

像容は肥満した童子形に作ることが多く(『大日経』の出典による)、怒りによって逆巻く髪は活動に支障のないよう弁髪でまとめ上げ、法具は極力付けず軽装で、法衣は片袖を破って結んでいる。その装束は古代インドの奴隷ないし従者の姿を基にしたものとされ、修行者に付き従いこれを守る存在であることを表している。右手に降魔の三鈷剣(魔を退散させると同時に人々の煩悩や因縁を断ち切る)、左手に羂索(けんじゃく。悪を縛り上げ、また煩悩から抜け出せない人々を縛ってでも救い上げるための投げ縄のようなもの)を握りしめ、背に迦楼羅焔(かるらえん。迦楼羅の形をした炎)を背負い、憤怒の相で粗岩(磐石、ばんじゃく。「金剛石」とあるのでダイヤモンドの原石である)の上に座して「一切の人々を救うまではここを動かじ」と決意する姿が一般的である(日本では坐像の他、立像も数多く存在している)。
インドで起こり、中国を経て日本に伝わった不動明王であるが、インドや中国には、その造像の遺例は非常に少ない。日本では、密教の流行に従い、盛んに造像が行われた。日本に現存する不動明王像のうち、平安初期の東寺講堂像、東寺御影堂像などの古い像は、両眼を正面に見開き、前歯で下唇を噛んで、左右の牙を下向きに出した、現実的な表情で製作されていた。しかし時代が降るにつれ、天地眼(右眼を見開き左眼を眇める、あるいは右眼で天、左眼で地を睨む)、牙上下出(右の牙を上方、左の牙を下方に向けて出す)という、左右非対称の姿の像が増えるようになる。これは10世紀、天台僧・安然らが不動明王を観想するために唱えた「不動十九観」に基づくものである。
(後略)








眉毛部分にある渦状の模様は、虎(猫科の一部)によく見る疑似目玉(眠っていて目を閉じている間も、敵に目を開いているかの様に思わせる事に役立つと言われる額の模様)にも似ていますので、牙や幅広の唇を含めて、虎顔からの影響(「憤怒」の恐ろしさを強調する為に?) も有るのではないかと考えられます。

(描いたのは画僧でしょうが、不明です)


比較的初期の不動明王らしく、素朴な表情と、殆ど腰を振らない素直な立ち姿には好感を覚えますが、絵の具や絹が脆くなっているので、掛け軸としては残念ながら観賞を続けられる状態にはありません。










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by Ru_p | 2013-01-18 15:23 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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