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井上有一 が

某ビル地下に展示されていた作品を撮影してしまいました。。
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 『戒(カイ)』  (カタログレゾネ 『全書業』 Vol.3 による CRNo.82029) 

勢いのある書きっぷりはサスガなのですが、有一さんにしては珍しく上質な墨と紙で素直に読めそうな文字です。(若い頃に、画家を目指そうとした事も有った彼の作品には、抽象画の様にしか見えない『書』も多いので)

これは、23回の「狼涙忌」(有一さんの命日1985年6月15日を偲ぶ法要)の時に南池袋の日蓮宗法明寺に掛けられていた軸なのだそうです。
制作時の1982年には既に体力が衰えて来たためか、それ以降一字書の制作が減ったり、衰えた体力でも書ける画数の少ない「上」などの文字(毛筆が減り、木炭やコンテの作品が増え)に変わって行った様です。

 有一さんがよく使っていた墨は、筆の軌跡を残すために「ボンドを混ぜ冷蔵庫で一晩冷やした荒い粒の物」だったそうですが、上の軸では真面目な松煙墨(※)です。
また、この紙は今は作られなくなってしまいましたが、ヒマラヤ中腹でしか採れない植物『ロクタ』で作られた当時特殊だった輸入品のチベット紙。その昔有一さんの崇拝した弘法大師も使っていたとも言うことで、有一さんはさぞや気を引き締めて書に臨んだのではないかと思われ、それゆえか比較的読み易い字にも見えます。(ロクタの紙は、チベット密教の経典などにも使われて来た紙だそうです)
チベット紙は、他の有一作品では『杉』など僅かしか使われていませんが、それ等には比較的デフォルメの少ない文字が多いことにカタログレゾネ『全書行』を見ていると気付きます。(チベット紙では、1981~1982に縦横60センチ前後の1サイズのみで書いていた様です/収入の殆どを高額な紙や墨に費やしてしまい、生活には困窮していたのだそうですが、協力者だった奥さんの理解と努力が支えていた様です)

有一さんは生前、自からが半生で書き貯めた全作品(全書業にある「3237点」の作品とその他の・・)を、美術評論家で友人の海上雅臣氏に潔く託しました。海上氏はそれ等を十年間掛けて、カタログレゾネ『全書業』(全三巻)としてまとめたのだそうです。(全作品のレゾネが存在する作家は世界的にも他に類を見ないのだそうです;作者の遺志で全作品として載せられたので、それ以外の墨跡は自分の作品と認められずとも構わないと言う意味なのだそうです;近年実際にそれらしい偽筆が多数出回っているようですので更に重要な意味を持って来たようです)

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これに掲載された作品の何割かは、残念ながら既にこの世から失われてしまったらしいので、今後はこのカタログレゾネだけでしか見られない作品も数多いそうです。
(カタログレゾネ『全書業』は、出版時に僅かな限定数以外、予約指名での頒布だったので、今では入手が極めて困難ですが、井上有一の研究には必須の資料です/まだ、コンピューターが製本に普及する前だったので、編纂は大変な苦労だった事でしょう)

有一さんの書は、その時の気分だけで筆を運んだ訳ではなく、その字の形を幾つも下書きして設計図を作り、納得してから清書に臨み、気に入った物だけを数日間検討した後更に絞ると言う手順を踏んでいたので、数十分の一しか残さなかったことが日記にはあるそうです。


漢字の発生段階には必ずしも問われる事が無かったのに、今日の「書道」では当然の様に追求される「書き順」は、一度身に着いてしまうと、常に縛られてしまい、自由な「表現」の為に敢えて破る事は、「書の解放」を訴え続けた有一さんにとっても、さぞや難しかった事だろうと思われます。(一般的な墨跡を見ると、書き順が先になる部分はその後に重ねた筆跡よりも手前に見えます。これは、一瞬でも先に紙に触れた墨が染み込んでしまうと後からの墨を紙が吸い込まない為、その跡は濃く見えなくなるという性質に依ります。ですから、この見方で、墨跡の書き順を知る事が出来ます。ところが、有一さんの「ボンド墨」の場合には、紙への吸い込みが妨げられている様で、後から描いた部分が上に見えるという現象が起こっています)

この『戒』(カイ)という字は『戈』が矛の様な武器で『廾』は両方の手の形を表わすとか、

・・・・・好きな作家の、気に入った作品の一つです。   












我々から見れば文字なのですが、漢字圏外の人から見れば、抽象画なのかな・・・





【参考】
ロクタ紙(チベット紙)の作品を接写してみた画像
e0259194_19232808.jpg
紙の漉ムラなのでしょうが、それが作品を面白く見せ・・・


※松煙墨:松を燃やした煤と膠を原材料として使い、表面がマットで墨色が清々しく、淡墨でも趣があるという特徴がある様です(松の育った場所の条件により、鉄分などの含有量が多いと、赤味が増すなど、墨色に変化は有ります)。昔は、その原材料の松は非常に安価で入手が容易でしたが、今日では逆に入手が困難になってしまい、製墨業者も新に作ると採算が合わなくなってしまうそうです。
それに対して、油煙墨は、原料に(以前は)割高だった菜種油などの煤と膠で作られ、黒が濃く艶が有る様に見える特徴があるので、帳簿や写経・公式書類など濃墨で使われる事が多かった様です。
ただ、実際には、製墨業者が「油三・七松」と言って70%近くまで松煙僕を混入して納入しても気付かれないと言われていたので、混ぜて作られた墨が多く、材料を厳密に見極めるのは、難かしい場合が多々あります。
近年は、安価な重油の煤が多く使われる様になり(これは油煙墨とは呼ばない)ましたが、もう一つの原料である良質の膠の供給量が激減してしまい、古い時代の墨は、急激に得がたくなって来た様です。













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by Ru_p | 2012-03-16 12:08 | アート・コレクション | Comments(0)


妄想猫の起末具連記


by Ru_p

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